2017年1月2日の営業をもって、南インド屋は、店舗での営業を終えました。
そこで、いわゆる店主のこだわりを、語ろうと思います。このような章立てで、南インド屋について語っていきます。
- 南インド屋の基本方針
- メニュー構成、価格について
- オペレーション、運用方法について
- 味について
まとめると、このような内容になります。
「自分で食べておいしいものを、という基本方針から、ミールスを中心とした簡素なメニュー構成がおのずと決まりました。オペレーション、運用方法についても、自分が喜んで食べられるよう、作り置きはせず、出来るだけ冷凍野菜を使わずに作ったものを提供し、おなか一杯になる店を目指しました。」
お暇な方は、この内容を、ねっちりと語っていきますので、お付き合いください。
はじめに
と、その前に、なんで今更語るの、という尤もな疑問に答えなければいけません。なぜって、売り物についてべらべらしゃべるのは、野暮ですし、品がないでしょう。そういうことです。
べらべらとしゃべるシェフは嫌いです。自分で作っているわけでもないのに、べらべらしゃべる店主はもっと嫌いです。レストランでの料理の説明は真剣に聴きますし、お菓子の包装紙に書いてある小話や、ドレッシングの瓶の裏に書いてある能書きなんかも残さず読む方ですが、それとはどこか違う気がします。
大したことのないものに下駄を履かせるセールストークが嫌いで、そこに、インド料理業界の通弊が重なると、なお、嫌なのです。
インド料理業界では、インド人が作っていると、味は六割増しです。よくわかります。インド人が作っているとやっぱり嬉しいです。けれど、インド人が作っているから本格的、インドで修行したから現地そのまま、インドへのリスペクトから生まれる芸術品、と鵜呑みにするのは、一昔前の、アメリカかぶれやフランスかぶれと、なんら変わらない気がします。今見たら、舶来物にも、大したことのないものが多そうですね。
そういう訳で、南インド屋は、営業している間は、下手に語らずに、皿の中にしっかりと集中していました。
それがそのまま、南インド屋の基本方針につながります。
ちなみに、南インド屋の八島壮二郎は、このような見た目です。私です。坊主です。
1.南インド屋の基本方針
自分たちが食べておいしいものを提供する。これが基本方針です。大切なことなので、もう一度書きます。
自分たちが食べておいしいものを提供する。
これは、自分たちが好きな味を出す、という意味でもありますが、それだけではなく、自分たちが毎日食べても、それでもおいしいと思えるものを提供する、ということです。つまり、常食できるかどうか、です。実際、南インド屋の店員両名、二年間、閉店後の賄いを楽しみに働くことができました。毎日食べても、おいしいのです。
ミールスは、日常食です。ハレのものも存在しますが、基本的には日常食です。たまに食べるからおいしいものでなく、いつ食べてもおいしいものです。ミールスの狭義の定義を引用します。
「ミールスとは、主に6州からなる南インドで供される、香りの弱いぱらぱらとした米を主食とした、豆や野菜をつかった、あっさりとした複数のカレーや副菜を伴った定食である」
ここで、ひとつ疑問が浮かぶかもしれません。つまり、「外食と日常食は違うのでは?」という疑問です。これはおそらく、外食産業に関わる人間なら誰しも考えることだろうと思います。南インド屋の答えはこうです。
「外食の特別感は保ちつつ、週5で食べられる日常食としてのバランスをとる」
南インド屋は、どのようにして特別感を演出したか、というと、
- 札幌では二店しかない希少性(ここじゃないと食べられない!)
- 品数を多くする(わあ、こんなにたくさん!)
- 手間をかける(家ではつくれない!)
より簡単な演出の仕方としては、以前のコラムでも挙げたように、下記のような方法があります。
- 塩味が強い
- 油が多い
- 旨みが強い(玉ねぎ、トマト、ニンニク、生姜が多い)
- 甘みがある
- 肉類が多い
- 刺激が強い(スパイスが多い)
以上は、主に味についてなのですが、皆様、こいつは味の話ばっかりしているなあ、と思いませんか?
本来なら、立地に始まり、内装や外装、働く店員の衣装、音楽、照明、など、様々な要素に目を配り、あの手この手で、お金を払うに足ると、お客様に感じてもらう、それが外食なのだと思います。
また別稿(仮題:南インド屋の経営戦略)で詳しく述べますが、南インド屋は、諸条件を鑑みて、お皿の中のことをじっくり考えた店にしました。そういう戦略でした。
それでは、そんな南インド屋は、どんなメニューでやっていたか、という話に移ります。
2.メニュー構成、価格について
南インド屋のメニューは、こんなかんじでした。見てください。
- ベジタリアンミールス——1200円
- ノンベジタリアンミールス——1200円
- 【土曜日限定】ビリヤニ——1500円
- 【日曜祝日限定】ワダ——400円
- 【日曜祝日限定】オムレツ——400円
- マサラチャイ——300円
- フェンネルティー——300円
- ミントティー——300円
- 瓶ビール——600円
- グラスワイン——800円
まずは、メニュー構成の方針と、それから個別のメニューについて見ていきます。
2-1メニュー構成の方針
メニューの構成を決めるうえで、基本方針に則り、このようなことを考えました。
①札幌でほぼ初である、ミールスを基本にする
②お酒には注力しない
③メニュー数は極力少なく
④飲み物を飲んでも、二人で3000円で収まるようにする
いかがでしょうか。とくに珍しいことは志していません。敢えて言うなら、②と③あたりは、飲食店としては、一般的ではないかもしれませんが、それも、南インド屋の方針から導かれるものです。それと僕が、ビールはジョッキ一杯で十分な下戸だからです。サバランは、濃いくらいにラムが効いているのが好きなのですが。
それでは、順番に見ていきます。まずは、ミールスの希少性と市場需要についてです。
方針①札幌でほぼ初である、ミールスを基本にする
・ミールスには希少性がある!
ベジタリアンミールスとノンベジタリアンミールスが、南インド屋の基本です。さらに言うと、肉の入らない、ベジタリアンミールスがおすすめでした。
札幌ではどうやら、「マユール」という店が以前は存在し、南インドのものを提供していたようですが、詳細は不明です。ここは思い切って、南インド屋がほぼ初である、と言い切りますが、本当は、jhadpulが一か月ほど早かったのです。奇しくも、札幌に、同時期に二店舗が出来たのですね。
札幌には3万件ほどの飲食店があるそうです。その中で目立つためには、新しい食べ物を提供するのは、ごく当たり前のことです。ミールスは新しかったのです。
ただ、問題は、肉が少ないことでした。
・ ミールスって、みんな食べたいの?
何度も引用して申し訳ないのですが、南インド屋のいう、狭義のミールスとはこういうものです。
「ミールスとは、主に6州からなる南インドで供される、香りの弱いぱらぱらとした米を主食とした、豆や野菜をつかった、あっさりとした複数のカレーや副菜を伴った定食である」
このあたりでもう、南インド屋が像を結びます。「自分たちが食べておいしいもの」という方針に「肉の少ないあっさりとしたミールスを主力とする」、となると、店はどんどんニッチな市場に向かいます。
残念ながら、野菜と豆だらけのミールスを喜んでくださる方は、そうたくさんはいません。僕も肉好きです。そういう意味で、ミールスの市場規模とは、それ一本で店を存続させるほどではない、と判断したのです。本当に、ケララの風はすごいと思います。
なので、肉を使ったカレーが食べられるノンベジタリアンミールスをメニューに加え、そして、肉入りの炊き込みご飯であるビリヤニも、すこし遅れて始めました。
ある意味この二つは、南インド屋原理者主義としては容認できないものなのですが、そこはお金も名声も欲しいので、肉に転びました。肉はおいしいのです。
方針②お酒には注力しない
ここはあっさり終わらせます。
ラーメン屋さんが酒に注力しないのと同じように、ミールス屋さんも酒には注力しないのです。お酒を飲む店でなく、ご飯を食べる店だからです。そしてミールスは、あまりお酒を飲みたくなるような味ではありません。
このような理由から、お酒には注力しませんでした。お酒に注力しない分、お皿の中に集中することができるのです。言い換えると「経営資源の集中」です。次の項目は、まさにそうです。
方針③メニュー数は極力少なく
既に述べたように、南インド屋は、ミールスを中心に据えました。それ以外は、おまけと言っても良いです。
ここで問題になるのは、人間の集中力には限界がある、ということです。とくに僕はそうでした。
始発に乗ってミールスを仕込み、ビリヤニを炊いて、タンドールに火を入れて、何種類もカレーを作り、ドーサの発酵具合を見て、お子様メニューに気を配り、デザートもこしらえる、というのは、残念ながら一人ではできません。
とにかく、南インド屋は、自分たちが食べておいしいものを提供するために、できるだけ余分なものを減らし、ミールスに集中していたのです。ナンがなくてごめんなさい。
そして最後は、価格についてです。
方針④飲み物を頼んでも、二人で3000円で収まるようにする
好きな店にはしょっちゅう行きたいじゃないですか!そういうことです!
以上がメニュー構成にあたって考えていたことです。続いて、個別のメニューに移ります。
2-2個別のメニューについて
ここからは、メニューの簡単な紹介と、メニュー構成上の位置づけについて述べていきます。
①ベジタリアンミールス、ノンベジタリアンミールス(1200円)
ミールスが、南インド屋の基本です。ダル、サンバル、ラッサム、ご飯、がお替り自由です。
ベジとノンベジの違いは、一種類のカレーが違うだけで、あとは同じです。左端のかぼちゃのカレーがチキンカレーになれば、ノンベジタリアンミールスになります。
本来であれば、もう何種類か肉のカレーをつけないと、ノンベジミールスと呼ぶのに躊躇うところですが、残念ながら、それをやってしまうと始発に乗っても間に合わなくなってしまうので、一種類のみとしました。肉好きの皆さまごめんなさい。
②土曜日限定のラムビリヤニ(1500円)
ヨーグルトサラダのライタと、その日のミールスのカレーや副菜から三つを選べます。ハイデラバードっぽいビリヤニです。南インド屋の人気メニューです。ただ、残念ながら、数量限定でした。レシピを見てもらえればわかりますが、大量に作るのは、設備投資の必要と、原価の高さから、難しかったのです。
先述のとおりミールスは、豆や野菜が多い、外食らしくない味ですので、それを補うためにビリヤニを途中から始めました。二人連れの、男性はビリヤニを、女性はミールスを、というパターンが多くあったので、まずは狙い通りだったと思います。
それが、ビリヤニのメニュー構成上の位置づけです。
そして、なぜ数あるビリヤニから、ハイデラバーディビリヤニを選んだかというと、それが一番、南インド屋のミールスに合うものだと判断したからです。つまり、玉ねぎが少なく、トマトも入らず、油も少ないビリヤニだからです。ギーを効かせたビリヤニや、玉ねぎとトマトのグレイビーをつかうビリヤニに比べると、大分あっさりしています。
③日曜日限定のワダとオムレツ(ともに400円)
サイドメニューです。ミールスにつけると、幸せな気持ちになれます。
南インドのミールスはあっさりしている、とは繰り返し申し上げていますが、けれど、油が少ないかというと、そうとも限りません。パパドは油で揚げてありますし、ギーをご飯とダールにかけるのも、一般的なようです。もちろん中華料理ほどには使いませんが、味のバランスを取るうえで、油の果たす役割が大きいことに変わりはありません。それで、ワダとオムレツだったのです。
南インド屋は、いわゆる外食らしい味にはしないで外食の特別感を演出する、と嘯きましたが、依然として、とんかつはおいしいのです。また食べたくなるのです。ビリヤニは、肉がごろごろ入っています。そして、この二つは、端的に言うと、油です。
④チャイ、ミントティー、フェンネルティー(いずれも300円)
南インドならチャイよりもコーヒーなのでは、と仰る方もいらっしゃるとは思いますが、ここはチャイにしました。知名度と、オペレーションの問題です。チャイはいまや、どこでも飲むことのできる人気の飲み物ですし、札幌にも2016年にチャイスタンドが出来ました。味については、南インド屋の好みではありませんでしたが。
インドの甘いミルクコーヒーは、濃く淹れたコーヒーに、温めた牛乳と砂糖を入れ、二つのコップを行き来させて泡立てながら攪拌します。残念ながら、南インド屋では人手が足りなかったのです。
以上の、知名度とオペレーションの関係で、南インド屋ではチャイを提供していました。
フェンネルティーとミントティーについては、特筆することはありません。飲んだ方はそのおいしさを知っている、コアなお客様向けでした。
⑤瓶ビール(600円)、グラスワイン(800円)
瓶ビールは、サッポロclassicでした。夏は結構売れます。
グラスワインについてですが、800円は高いと我ながら思います。これはグラス代です。飲んだ方ならわかるかと思いますが、実は南インド屋は、ミールス屋さんとしては過剰に良いグラスを使っておりました。
なぜなら、ワインは、よほど良い(悪い)ものでない限り、口が直接触れるグラスのほうが味に影響する、という考えに立っているからです。3万円のワインを紙コップで飲むより、1000円のワインをバカラで飲んだ方がおいしいだろう、ということです。そして、白ワインでも、ブルゴーニュグラスで飲む方が好きです。
以上、長々とメニュー構成と価格について語ってきました。残る要素は、どうやって作って、どうやって出してるの?という点です。レシピについては細かく別項を設けてありますので、ここでは主に、オペレーション、運用方法について述べていきます。
3.オペレーション、運用方法について
南インド屋は、最初に挙げた基本方針に則り、下記のような方針で運用をしていました。いわゆるこだわりです。
①冷凍野菜はできるだけ使わない
②おなか一杯食べてもらう
③作り置きはしない
なんだか、家庭料理のようではないでしょうか。自分たちが食べておいしいもの、という南インド屋の基本方針に則ると、おのずとそうなるのですね。アジアハンター小林さんは、家庭料理に真髄があると度々仰っていますが、まさにその通りだと思います。家庭の味は、おいしいのです。
それでは、一番から順にみていきます。
方針①冷凍野菜はできるだけ使わない
例外は、青唐辛子くらいです。
高級店以外の飲食店では、かなりの冷凍野菜が使われているはずです。とくに、オクラ、カリフラワー、ブロッコリー、いんげん、里芋、などは、ほぼ冷凍ものと考えても間違いではないかと思います。価格、入手性、保存性、どれをとっても冷凍野菜は優れています。ただ、一点、味を除いては、です。
ミールスは、野菜の味がはっきり出ます。他のコストを抑えてでも、野菜にはコストをかけたほうが、おいしいミールスが作れます。食材の選び方については、また別稿を設ける予定です。
方針②おなか一杯食べてもらう
外食の基本は、おなか一杯になることだと、大食いである南インド屋店員両名は、そう考えています。日本の飲食店は、圧倒的に量が少ないです!食べ足りないです!
という南インド屋の設計する店なので、現地のやり方に倣い、ご飯、ダル、サンバル、ラッサムはお替り自由でした。ほんとは他のカレーや副菜もお替り自由にしたかったのですが、断念しました。やはりケララの風Ⅱは偉大です。
方針③作り置きはしない
正確に言うと、作り置きが出来ない、です。作り置きをしても、安全で、味が落ちないのであれば、作り置きによりコストや労力を削減することができ、それを他の部分に回せるので、悪いことではなく、むしろ奨励されるべきことです。そう思います。
例を挙げます。レシピを公表した冬瓜のプリセリです。レシピを読んでいただければわかりますが、この料理は、ヨーグルトにあまり火を通しておらず、スパイスは少なく(スパイスは保存性を高めます)、塩味も薄いです。とても、腐りやすいのです。常温で5時間くらいが限度でしょう。
他にも例を挙げればきりがないですが、南インド屋の提供するものは、保存の効かないものが多いです。もし、保存性を高めたければ、ミールスにおいては、以下のような方法があります。
- 塩を多くする
- 油を多くする
- スパイスを多くする
- 酸味を強くする
- 良く火を通す
定義を持ち出すまでもなく、南インド屋の考えるおいしいミールスからは、かけ離れています。
それでは、保存性の高いミールスって、どんなミールス?という疑問が浮かぶことと思います。その疑問に答える形で、最後の章、味について、に移ります。詳しくはレシピを見てもらえればよいので、余談です。
4.味について(余談)
南インド屋の味は、基本的には、ケララの風Ⅱの真似です。大きく違う味ですが、真似ています。どちらも保存性が悪く、毎日作る必要のある味です。それでは、その逆をいくミールスの作り方を紹介しますので、南インド屋は、その逆だと思ってください。
・ダール
作らない。ムングダルは傷みやすいので、保存性を高めるには、ダルタルカにするしかありません。別の料理になります。
・サンバル
塩、タマリンド、玉ねぎ、トマト、をたくさん入れて濃い味付けにします。具材は、大根、人参、などの甘くて味の濃い野菜がよく合います。砂糖を加えることで、塩も強くすることができるので、より保存性が高まります。
・ラッサム
タマリンドと塩をたくさん入れ、ブラックペッパーを挽いたものを、これでもかと入れます。それでは味がきついので、トマトと砂糖を入れます。二週間くらいはもつはずです。
・ポリヤル
ニンニク、生姜、玉ねぎ、をたくさん入れて、ターメリックを多めに入れます。マスタードシードもたくさん入れます。もちろん、塩はたくさん入れます。具材は、価格から言うとキャベツがベストです。もしくは冷凍のミックス野菜です。
・パチャディ(ココナッツヨーグルト和え)
作りません。
・プリセリ(無脂肪ヨーグルトのカレー)
作りません。ケララっぽいものは、保存性が悪いです。
いかがでしょうか。以前のコラムでは、バスマティライスとタイ米などを比較し、使う米から、ミールスの味を描写しましたが、今回は、保存性の観点からも、似たようなミールス像が出来上がります。すなわち、味が濃くて、バスマティライスが好適で、お酒にも合わせられるような味です。まさに南インド屋の逆ですね。
以上が、保存性の高いミールスについてと、それの裏返しの南インド屋のミールスについてでした。
それでは最後に、本稿の初めに載せた、まとめを再掲します。
「自分で毎日食べてもおいしいものを、という基本方針から、ミールスを中心とした簡素なメニュー構成がおのずと決まりました。オペレーション、運用方法についても、自分が喜んで食べられるよう、作り置きはせず、出来るだけ冷凍野菜を使わずに作ったものを提供し、おなか一杯になる店を目指しました。」