はじめに
少し乱暴な言い方にはなるが、良いビリヤニとは「米がよく伸びて崩れていないビリヤニ」だと思う。チキンビリヤニは、平たく言えばチキンカレーとバスマティライスを混ぜ合わせたものであり、もうどうやっても不味くなりようがない。ビリヤニを作る上で、物足りなくなること、味が薄くなること、わかりにくいおいしさになること、そういう心配はしなくても良いのである。だからこそ、ビリヤニは米の処理で差が出る。ビリヤニはその製法上、米の処理がむずかしく、硬かったり柔らかくなったりのトラブルを抱えやすい。本稿では、ビリヤニの失敗の中でも起こりやすい、米が柔らかくなってベチャついてしまった場合の修正方法について書き連ねる。具体的な数字やレシピはほぼ出てこないはずで、一般論としての指針を示す。一度はビリヤニを作ったことがある人向けの記事なので、作ったことがない人が読んでも、ただビリヤニが難しく感じるだけで、良いことはないと思う。ビリヤニの米が柔らかくならないようにするには、大別して、水を減らすか、蒸発量を増やすかの2つがある。
ちなみに、修正方法というのは、次に作るときに修正すべき点という意味で、出来上がってしまったビリヤニをどうにかすることはかなり難しい。一応の方法としては、ラップをかけずに電子レンジで加熱して乾かすか、一度冷凍してから電子レンジで解凍することで、米をぱらっと変化させることができる。まあ、柔らかいビリヤニも問題なくおいしいので、そのまま食べることをお勧めする。
水を減らす
水を減らす系の修正には、いくつかの方法がある
・グレイビーの水分を減らす
・肉を減らす
・米の茹で時間を減らす
・米茹で時の塩を増やす
・水をしっかり切る
グレイビーの水分を減らす
これが最も単純で、最も効果のある修正だと思う。ビリヤニが柔らかくなった場合、まずはチキンカレーに入れている水分の量を見直すのが手っ取り早い。当たり前だと怒られそうだが、ことはそう単純ではない。水分を減らすと、グレイビーの粘度が上がる。グレイビーの粘度が上がると、焦げやすくなり、焦げる。焦げはビリヤニにつきまとう、最も致命的な失敗で、焦がすくらいなら水を多くして柔らかめに仕上げた方が良い。焦げを恐れるあまり加熱不足になるのは、非常によくあるビリヤニの失敗で、見た目は崩れなくて綺麗でも、食べたらおいしくないビリヤニが出来上がる可能性もある。繰り返すすけれど、焦げを恐れて加熱不足になるくらいだったら、水をちょっと多めにしてしっかり加熱し、柔らかめのビリヤニにした方がおいしいと僕は思う。それでは、水を減らしつつ焦がさないためにはどうしたら良いのか。グレイビーの粘度を上げ、焦げに転じやすい、糖とパウダースパイスを減らす。つまり、玉ねぎ、トマト、ターメリックチリパウダーなどを減らすと、水を減らしても焦げができにくい。ニンニク生姜もかなり焦げやすいから少なめにしたほうが良い。これらを適当に減らすことで、水をあまり足さなくても、グレイビーの粘度が高くならず、焦げも発生しにくくなるはず。さらに言えば、油も重要で、鍋底に油があれば、焦げにくくなる。だからしっかり油は使うべきである。玉ねぎ、トマト、などの焦げ付きやすい材料は、そのまま、カレー的な味を構成する材料でもあり、これらを減らしてくと、ビリヤニからカレー味が抜けていく。味のパンチが減っていくことを意味するので、それをどう補うかというと、油と塩で補うことになる。やはり油は重要。油と塩の少ないビリヤニは、かなり味を決めるのが難しくなる。それならいっそプラオにした方が良いかなとも思う(プラオはプラオで油塩まみれになりがちだけど)。
肉を減らす
肉をたくさん入れたい!という欲求は大切にしたいものであるけれど、ことビリヤニに関しては、その肉心を少し抑えた方がうまくいく。肉は旨味と水分の塊で、特にチキンは旨みを放出しやすい食材である。だから使いやすいとも言えるけれど、だからべちゃつきやすい、と言うこともできる。肉は相対的に米よりも水分が多く(実際の含有率は知らないけど)、肉の近くの米が崩れやすいのは経験的に皆様ご存知だろうと思う。具材を多くした炊き込みご飯がべちゃつきやすいのもおそらく同じ話で、ビリヤニは、肉を多くすればするほど、米がべちゃつきやすくなる。それなら肉を減らしたら良い、とどんどん肉を減らしていくと、最終的には炊飯器にバスマティライスを入れてポチッとしたものになり、非常にぱらっと、ふわっとした米が出来上がる。もうそれはビリヤニではない。これもビリヤニの難しさであるとも言えて、そもそも無理のある肉と米の同時調理を、米の良さを保ちつつどこまで肉を増やすか、という話にもなってくる。ビリヤニを作ってみて、べちゃついたと感じたら、肉を減らしてみるのは有効な修正方法である。
米の茹で時間を減らす
米が柔らかくなってしまうなら茹で時間を短くすれば良い、という実に直接的な解決方法で、ビリヤニが柔らかくなったときには、茹で時間を見直すのが良い。レシピ通りにやっても米が柔らかくなってしまう場合、本当に時間通りにできているかをもう一度見直したい。3分と書いてあったら、3分経過した瞬間に米をザルにあけるべきで、3分経ってから、ええとザルはここで、ボウルをセッティングして、とやっていると、あっという間に30秒ほどは経過してしまう。どうしても米を柔らかくしたくない場合は、思い切って硬めに茹でても良いと思う。南インド屋では、家庭でのビリヤニ調理にはフライパンを大きめのノンスティックフライパンを推奨している。その作り方であれば、多少硬めに茹でた米でも、加熱不足にはなりにくい。深めの鍋で作ると、上部まで熱が伝わらず、加熱不足でおいしくないビリヤニになりやすい。グレイビーの水分調整にしてもそうで、単純に水を減らせばそれで解決、硬めに茹でればOK、とまでは言えず、最終的にはレシピ全体のバランスの問題になってくる。
米茹で時の塩を増やす
ビリヤニが柔らかくなるということは、全体の水分量が過剰になっているということである。米が蓄える水分量を減らすことができれば、全体の水分量を減らすことができる。もしくは、米が強く丈夫であれば、水分が過剰になっても崩れず、蒸発によって水分を減らして、ぱらっと仕上げることが可能になる。これを実現するのが、米茹で時に使う塩で、結構しっかりと塩を入れた方が良い。お店で出てくるものはかなりしょっぱく仕上げられていることがあり、流石に家庭で同じだけの塩分濃度にすると食べにくい(お店の味はお店で食べるからおいしい)から、濃すぎない方が良いとは思う。おそらくはパスタと同じ話で、塩の強い水で茹でると、米が水を吸いにくくなり、かつ、米の粒が強くなり崩れにくくなる。仕組みはわからないけれど、そうなる。レシピを見て、はいはい塩12gね、これくらいね、とやるのではなく、ちゃんと計量することをお勧めする。あとは塩のタイプによっても違って、ベタベタの塩とサラサラの塩では、重量あたりの塩分が変わってくる。僕は天塩の焼き塩を使っていて、かなりサラサラしている。
水をしっかり切る
米を茹でてグレイビーと合わせるときに、どれくらい水を切るかで、水分量が変わってくる。これはレシピによっても違って、僕も以前はある程度水を残した状態で重ねていたのだけど、最近は、しっかり水を切る派になっている。その方がレシピの曖昧さが減るからと、米の茹で汁によるベタつきを軽減するのが狙い。しっかり切るとはどの程度の切るのだ、と聞かれると困るのだけど、まあ、3、4回、上下に振って水を切る感じでしょうか。あまり時間をかけると米が冷めるので手早くやろう。
蒸発量を増やす
自分でレシピを組んでビリヤニを作るなら、ビリヤニが柔らかくなった場合の修正方法は、ほぼ前章の水分量の調整だけでなんとかなる。なんとかなる、と言うより、水分量の調整でなんとかすべきである。なぜなら、蒸発量とは、基本的にたくさん加熱すれば増えるもので、蒸発量≒加熱の具合、と言って良い。良いビリヤニを作ろうと思ったら、基本的には焦げない範囲で最大限の加熱をしているはずで、最大限の蒸発をしている。その上でビリヤニが柔らかくなっているのなら、それは蒸発量の問題ではなく、そもそも水分量の問題なのである。だからこの章では、レシピ通りに作ってもビリヤニが柔らかくなったときに見直すべきポイント、ということになる。
大きい鍋を使う
小さい鍋は水が蒸発しにくく、レシピ通りに作っても水分が過剰になりやすい。だから水を減らす、という対応もできるけれど、小さい鍋でビリヤニを炊くのは非常に難しいので、ここは大きい鍋を導入することをおすすめする。南インド屋のビリヤニレッスンでは、26cmか28cmのノンスティックフライパンをお勧めしている。できれば28cmが良い。フライパンでなくとも、例えば深さのある寸胴鍋でもビリヤニは上手に炊けるようで、グレイビーと米を鍋に入れても、十分に高さの余裕がある状態だと、しっかり全体に熱が回るのだと思う。寸胴鍋のようなものを使う場合は、やはりフライパンで作る時よりも水の必要量が少なくなる。小さい鍋を使うと、煮込み時も炊き込み時も、水の蒸発量がかなり減るので、レシピから思い切って水を減らしても良いかもしれない。鍋の材質によっても蒸発量は違い、いわゆるテフロンパン、特に底の薄い鍋だと、火を強くすると焦げてしまうから火が弱くなる傾向になり、水分が飛びにくい。そこの薄いテフロンパンは窓から放り投げた方が良いと思う。
火を強くする・加熱時間を長くする
レシピ通りに作ってもなんだかべちゃっと仕上がったのなら、火が弱い可能性がある。「柔らかいビリヤニ」は、よく見ると、水分が多いのではなく、「加熱が足りず水っぽいビリヤニ」になっている可能性がある。ガス火でなくIHで作るとこのパターンになりやすいようで、なんとなく米が伸びておらず肉もおいしくない、そして全体が水っぽくなっているなら、おそらくそれは加熱不足が原因かもしれない。しっかり加熱することで、米がしっかり水を吸うので、米の周りの水分が少なくなり、ぱらっと仕上がる。厳密に言うと、火を強くするのは、蒸発量を増やすためというよりも、ビリヤニの最大保水量を増やすためと解釈するのが妥当だろう。そして、ビリヤニの火加減は基本的に、高火力で短時間加熱するのではなく、弱火で長時間加熱が望ましいです。同じカロリーを当てるなら、トロ火で長時間加熱する方が焦げが発生しにくい。とはいえ、最初からずっとトロ火で加熱すると、温度が低い時間が長くなってうまく炊き上がらないので、初めは強火で全体を温めてから、トロ火にして温度を高く保つようなイメージにする。こうすることで、安定してしっかりと蒸気が上がり、米は伸び、水分は減り、良いビリヤニが出来上がる。この火加減の具合を覚えるのは、ビリヤニ作りで非常に重要なことだと思う。
まとめ
ビリヤニが柔らかくなったら、まずは水を減らすことを考える。グレイビーに入れる水の量や、肉の量を見直す。米の茹で時間や塩の量、水の切り方によっても最終的な水分量が大きく変わってくる。そして、しっかり加熱できるているかを考える。焦がさないように、けれどしっかり加熱するのがビリヤニの肝である。もし手本にするレシピがあるなら、レシピ制作者と自分の環境の違いを検討すべきで、おそらく一番大きいのは鍋の違いとコンロの違いだろう。この辺りは実際に試してみるしかない。この記事は具体的な数字は出していないので、じゃあ結論としてどうやったらおいしいビリヤニが作れるの?と訊かれたら、まあ頑張って色々試してください、としか言えない。あちらを立てればこちらが立たず、モグラ叩きのような試行錯誤を繰り返すのが料理なのだと思う。この記事がお役に立てれば嬉しいです。南インド屋では、商売としてビリヤニレッスンを提供しているので、買っていただけたら嬉しいです。レシピとスパイス、米などが月に一回届きます。6ヶ月に一度の募集で、次は来年1月ごろになるかなと思う。一応現在進行中の商品を貼っておきます。商品ページ→https://minami-indo.shop/items/668668cc6396ba00330ef396