ドーサとイドゥリについての覚書 

はじめに

インド料理界隈の皆様、スパイスを愛する皆様、発酵、やってますか?僕は最近、久しぶりにティファン類に取り組んでいました。ここのところ脳の機能の3割くらいは常時ティファンに取られて、睡眠の質も低下していました。発酵ものは体に悪いなと再確認しました。ティファンは修羅の道。まだまだティファンマスターの道は遠くとも、大まかには掴めたと思うので情報をシェアします。未確認の情報や推測も多い、というよりも、確かな情報はほとんどないので、取扱注意です。僕たちは、経験則を積み重ねるしかないんだ。ティファンを作ったけど全く発酵しない、静まり返ったバッターを前に悲しみに暮れたあなたに、この小稿を贈ります。

発酵しない原因は大きく3つです。豆と米が古い、温度が足りない、スターターが足りない。特に、豆と米が古いと、かなり厳しい戦いを強いられます。古い豆と米を使った段階で、ほぼ失敗が確定します。アンビカに行って「ティファン作りたいので一番新しい豆と米をください!」とお願いしましょう。あと、結論としては、日本でティファンを作るのは難しい、いわゆるコスパが悪いと言ってしまって良いと思います。ダルを煮てご飯にかけたほうが良いと思います。ティファン、めっちゃおいしいけどね。

それでは、発酵編、生地の構成編、成形編、と3つに分けて、思いつくままに書き連ねます。

発酵編

発酵さえうまくいけば、生地の構成や成形は、おまけのようなものです。ほぼ、発酵が全てです。安定した発酵にはヨーグルトメイカーやオーブンが必要です。最近の炊飯器は発酵機能付きのものもあるとか。日本で発酵を安定させようと思ったら、何らかの機器は必須でしょう。この投資を惜しむ正常な感覚の持ち主には、ティファンは向きません。新鮮な材料も必要なので、ティファンって本当に日本で作る必要あるの?と気がついてしまったら負けです。we love tiffin♡

豆と米は可能な限り新鮮なものを

ティファン類は、豆と米に付着した菌で発酵させるようです。基本的には乳酸菌発酵だと思います。何らかの酵母も働いているらしいですが、匂いからすると、乳酸菌が優位だと思います。豆と米が古いと発酵しないのは、菌が弱っているからだと考えれらます。豆と米、どちらの鮮度が重要なのかは、はっきりしません。経験則的には、どちらの鮮度も重要です。ただ、生米を使う場合はある程度古くても発酵が進むので、どちらかというと豆、ウラドダルの鮮度が重要な気もします。ティファン研究家の谷口さん@Taniguchi_Naoki は、皮つきウラドホールの皮を自分で剥いて使うことがあるようです。すごい。さて、この時点で、日本でのティファン作りに暗雲が立ち込めます。日本で鮮度の良い豆を手に入れようと思ったら、もう、商社やお店に全てを委ねるしかありません。どうか新鮮なものを輸入してくれていますように、倉庫で眠らせたものを出していませんように、と。僕はアンビカで買ったものをすぐに使って、問題なく発酵しましたが、アンビカで買って眠れらせていた在庫を使った時は、全く発酵せず、無音の世界でした。そもそも輸入時点でのどこかで菌が死ぬ(弱る)ような環境に置かれている可能性もあります。インドのものを運んできている以上、インド現地と同じ鮮度は望むべくもありません。あとで述べますが、おそらく日本で手に入る材料で作る場合、インド現地と同じやり方では発酵が弱くなるのだと思います。

 

材料はできるだけ原型に近いものを

ティファンの主原料はウラドダルと米です。ダルは、ホールウラドと、割ってあるウラドダルがあります。どちらを使っても良いですし、現地でもどちらも使われるようですが、ホールウラドを使うほうが安定すると思います。米も、イドゥリラヴァという粗挽きのものが売っていて、原型の米の方がよく発酵する印象です。イドゥリラヴァを使うと楽ではあるのですが、どうせ日本でのティアン作りは、手軽さとは無縁のものです。せっかくなら本式でいきましょう。

 

洗いすぎないほうが良さそう

それにしても、僕が間借りをやっていた10年前に比べて、youtubeにティファンの動画が山のように存在し、ありがたい限りです。インド人の皆様は、どうやら豆と米をしっかり洗います。そもそも食材をよく洗う文化なのと、よく洗ったほうが白く綺麗な仕上がりになる、と言う人もいます(本当かなあ)。厳密な検証をしたわけではありませんが、水が完全に澄むまで洗うと、発酵しないとは言わないまでも、立ち上がりが遅くなります。ゴミを取り除くために軽く数回洗う程度で十分だと思います。

 

発酵は浸水時から始まっていると心得よ

ティファン作りは、浸水(6時間)→挽く→発酵(10時間)→成形加熱、という流れに一応はなっています。時間は前後しますが、まあそれくらいです。浸水させた豆米をペーストにしてから、一晩置いて発酵させましょう、とインド人は言います。よく考えてみてください。その辺に放っておけば発酵するような環境で6時間浸水させた時に、発酵が進まないはずがありません。僕がインドに行った時は、水道から出る水もしっかりぬるかったので、水を注いだ瞬間に発酵が始まると考えて良いでしょう。これを日本で再現しようと思ったら、浸水時から保温すべきです。温度設定は機器と相談してください。乳酸菌は人肌前後で活発になり、60度くらいで死ぬらしいので、多少高めにしてもおそらく大丈夫です。僕はヘルシオのスチーム発酵で、浸水時は35度、発酵時は40度か45度にしていました。浸水時間は、長すぎるとダメという記述も見かけましたが、試したところ、12時間くらい浸水させても発酵したので、あまり神経質にならなくて良いと思います。保温した状態で浸水させると、ちゃんと発酵が進んだような匂いがします。

 

浸漬させた水は最高のスターター捨てるなんてとんでもない

浸水時から発酵が始まっていて、かつ、豆米を洗いすぎないほうが良い、となると、当然の帰結として、浸漬させた水は、そのまま使うべきでしょう。浸水させていた豆米の水を切り、ミキサーやグラインダーに入れ、新しい水を注ぐのが現地式です。これをやると、おそらく水が綺麗になりすぎます。それでも問題なく元気に発酵するインドの豆米が羨ましいですね。豆と米をザルにあけたら、その水は別の容器に取っておきましょう。生地を作る時の水として使います。

 

フェヌグリークを入れると発酵が強くなる気がするけど必須ではなさそう

フェヌグリークを入れると発酵を助けるらしいですが、今一つピンときません。本当かな?と少し疑っています。入れる量は適当でよく、入れすぎるとフェヌグリーク味がしてしまうので、少なめにした方が良いでしょう。谷口さんは、フェヌグリーク無しで発酵するなら無理に使わなくても良いとツイートしていました。僕もそう思います。特にイドゥリに関しては、フェヌグリーク抜きの方が風味の点で望ましい気もします。

 

手で混ぜると発酵が進むのは本当か

生地を手で触らずとも発酵はするので、これは半分おまじないのようなものかもしれません。もし、インドに遍く存在する常在菌のようなものが作用しているのであれば、いずれにせよ、日本で日本人が手で混ぜたところで効果はないでしょう。手で触ると腐敗のリスクが高まるのは間違いないので、乳酸菌が働きにくい日本の環境では、あまり積極的に手で混ぜる必要はないと思います。

 

水道水を使わない方が良いかもしれない

日本の水道水は優秀で、ペットボトルに詰めておくと常温でも三日くらい腐らないみたいです。すごいですね。でも、発酵≒腐敗をさせたい場合には、もしかすると塩素が邪魔をするかもしれません。水道水では発酵しなかったのか、洗うのも浸水に使うのもミネラルウォーターにしたとこを発酵したとの情報が寄せられました。僕は、洗う時は水道水で、浸水させるのにはフィルターを通した水を使っています。検証はしていませんが、なんとなくありそうな話です。

2024/10/05追記

洗う時も浸水も、水道水を使わない方が良さそうです。洗う時は水道水、浸水はフィルターを通した水、でやっていた時よりも、しっかり発酵しました。井戸水とかでやるとすごく発酵しそうですね。食中毒注意!

 

イドゥリよりドーサの方がよく発酵する

イドゥリはパーボイルドライスを使い、ドーサは生米を使うからかもしれません。パーボイルドは加熱処理なので、菌が死ぬのでしょう。イドゥリの方が発酵の立ち上がりが遅く、結構しっかりと温度を上げないと酸味が出てきません。ドーサは多少発酵しすぎても、多少発酵が足りなくてもおいしく食べられるのに比べ、イドゥリはちょうど良い発酵具合が求められます。難易度はドーサの方が低いので、まずはドーサをやってみるのをお勧めします。

 

砂糖を入れた時に一気に乳酸菌発酵したっぽいけど、本丸の豆と米はまだ分解されていなさそうだった

ドーサ生地に砂糖を入れると、焼き色が良くなり、お店っぽくなります。風味に影響はほとんどないため、単純な視覚効果です。見た目は大事ですね。一度、試しにグラインダーにかける段階で砂糖を入れてみました。後で砂糖を入れると、よくかき混ぜてからしばらく置いておかないといけないのが面倒だったのです。最初から砂糖を入れた生地は、3時間程度で発酵が進み酸っぱい匂いがしました。ただし、全体が膨らむほどではなく、まだ豆と米、特に豆の青い匂いが残っており、生地の感じもまだ硬く、分解が進んでいなさそうでした。これは完全な当て推量ですが、砂糖が乳酸菌の餌になり、スターターの役割を果たしたのではないでしょうか。だからすぐに発酵が始まって匂いはしても、豆と米はまだ発酵が進んでいなかったのだと思います。生地の腐敗を防ぐ観点からも、一刻もはやく乳酸菌には働いてもらいたいので、砂糖をスターターとして使うのは、悪くない選択肢だと思います。

 

時間と温度を厳密にやるより、発酵するまでやる、発酵したら冷蔵庫、の方が良さそう

温度は35度から45度くらい、時間は8時間以上が目安です。ただ、実際のところは現物をチェックするしかありません。状態を見て、匂いを嗅いで、発酵が進んでいるかをたしかめます。一晩おいて全くの無音であればもう望みはないので捨ててしまった方が良いですが、わずかでも発酵の痕跡があるなら、温度を上げてさらに置いておくと、発酵が進むことがあります。だから、発酵時間を決めてしまうのでなく、行けるところまでいく、が正解です。発酵が十分に進んだら、冷蔵庫に入れて発酵を遅らせれば良いのです。

 

嗅ぎ分けろ、腐敗臭と発酵臭

ティファンの発酵は、腐敗と隣り合わせです。漬物のように塩や乾燥で腐敗を防いでいるわけではないので、文字通り腐敗と発酵は隣り合わせです。望ましくない微生物と、有用な乳酸菌や酵母が、どちらも同時にスタートを切り、腐敗と発酵のデッドヒートを繰り広げているイメージです。わずかに有用な乳酸菌が優っているのが、成功した生地です。やった〜発酵した〜と僕は喜びますが、おそらく成功した生地の中にも、腐敗側の微生物がたくさんいるのだと思います。塩で腐敗側を抑えている漬物とは別世界ですね。ということで、腐敗臭と発酵臭を嗅ぎ分ける鼻が必要です。正確に言えば、おそらく腐敗臭と発酵臭は併存しているので、「腐敗臭もするけど乳酸菌の匂いもしっかりするから大丈夫だろう!」という判断を下す必要があります。もちろん、「乳酸菌が働いているけど結構腐敗しているな。やめておこう」という判断になることもあるでしょう。今のところ国内でティファンによる食中毒事故はおきていないようです。栄えある一件目にならないよう気をつけましょう。

 

長くなったので記事を分けます。目次は下記の通りです。

 

生地編

・イドゥリライスはパーボイルド、ドーサは生米

・ドーサライスはおそらく生米を指す

・米が多いとぷにぷに系になる

・豆はモサモサ系で、焼けばカリカリになる

・ポハ、flatten riceはパーボイルドライス扱いで、スターター的な意味合いもあるのかも

・ドーサ生地の方が発酵しやすい

・ドーサはいっぺんに挽いてしまってOK

・イドゥリラヴァを使う場合は、かなりもったりとさせて良い

・イドゥリ生地は濃すぎると重くなるから、ぽたっと垂れるくらいの方が良いかも

 

成形焼成編

・布を敷くとふわ系になりやすい

・布なしだとプルモチ系になりやすい

・布はなんでも良さそう

・布は湿らせてから敷く

・蒸し時間は条件によるから適当に。多分強火でガンガンやらない方が柔らかくなる

・ドーサの焼成は、良い生地と熱源、鉄板があれば難しくない。逆に言うとどれかが欠けると大変で、ある程度諦めた方が良い

・作りたての生地よりも、一晩冷蔵庫で寝かせたもののほうが良さそう。生地が鉄板にしっかり張り付き面が出る

・鉄板は油をなじませてから一度しっかり熱して、油と鉄を結合させる

・多めの油で玉ねぎやキャベツを焦げるまで炒めて油ならしをすると、するするになる

・しっかり熱したら水を垂らしてジュワッと温度を下げる

・水は拭き取らずに外に弾き飛ばすか、蒸発するに任せる

・もしかして水が蒸発して、不純物が鉄板の表面に残留すると、鉄板と生地がしっかりくっつく?

・色をよくしたければ砂糖を使うべき。よくなじませる必要があるので、発酵時に入れるか、生地が出来上がったら砂糖を入れてかき混ぜ、一晩置いてから使う

・鉄板の表面に油が多いと、面が出ない。神経質になる必要はないけど

・生地を載せた時に、ジュワーっと音がしたら温度が高い、シュワーくらいが良い

・伸ばしたら油を垂らす。これをバターにすると色が濃くなりやすい。特にクリスピー系のドーサに油は必須

・白い部分の水分が飛ぶまで焼くとただのカリカリお煎餅になるので、多少柔らかさが残っている方がおいしいし、回転も早くなる

・熱源の大きさによっては、多少のムラができるのは仕方ない。諦めよう