昨日に引き続き、飲食店で出される水とお湯の話です。
飲食店では、大抵無料で、コップに入った水が出てきます。コストはゼロではありませんが、日本では当たり前のことになっているので、ここでは問題にしません。
ですが、お湯となると、また話は違います。
こういうことがありました。過日、南インド屋にいらした二人連れのお客様のうちお一人が食後に、薬を飲むためにお湯を欲しいとおっしゃったので、ひとつお出ししました。するともうお一方も、お湯を飲みたいから欲しいと仰ったので、都合二つお出ししました。
薬を飲みたい方にお湯を出すのは、店の方針や混雑状況にもよりますが、客商売の楽しさはそういうところにもあると思うので、良いと思います。ただ、「湯を飲みたいから」という理由だと、300円のチャイが売れません。無料のお湯でほっと一息つかれては、飲食店は、ちょっと困ります。
というのが前編の話でした。
飲食店は、全員に同じサービスを提供するの?
この話には、もうひとつの問題が含まれています。件のお客様が、ひとりでいらして「薬を飲みたいのでお湯をください」と仰ったのなら、あまり複雑な問題ではなかったのです。ああそうですか、お湯ですね、今お持ちしますね、で済みます。
繰り返しますが、店側としては、薬を飲むためのお湯を出すのは良くても、ただ飲みたいから、というお客様には、出したくはないです。
ですが、二人が同席している以上、もう一方がお湯を所望した時に「あなたは薬をのまないのだから出せません」とは、非常に言いにくいのです。
なぜなら、すべてのお客様に、等しく同じサービスを提供します、というのが店側の建前だからです。この建前は、見かけだけでも崩さないのがルールだと思います。
それでは、この建前は、どの程度の妥当性があるでしょうか。
そんなの当たり前だ!金払ってるんだから同じサービスを受けて当然だ!
と言いたいところなのですが、実際は、なかなかそうはいきません。
常連さんだけに唐揚げを一個多くしてあげることの是非、という問題だけではありません。席からの眺望の良しあしも、同じにはできませんし(僕にとっては厨房をのぞける席が最上なのですが、そうでもない方はたくさんいるでしょう)、空調の具合によっては、この席足元が寒い、とか、温風が顔に当たって目が乾く、ということもあります(僕は目が乾きやすいです)。4人掛けの席に一人で座ってもらうこともあれば、椅子を一つ足して、5人で座ってもらうこともあり得ます。
料理の中身にしても、一皿一皿、まったく同じにすることは非常に難しいです。鳩肉のローストが出てきた時、隣の皿と自分の皿、同じ味かどうかは、食べてみなければわかりません。ジビエならなおさらです。
こう言うと、「意図せず差がついてしまうことと,意図的に差をつけることとを一緒にするな」と言われそうです。たしかにそうですよね。僕の言いたことは、二段階に分かれています。
①サービスを均質にするのは難しいけど、それはしょうがないよね
②常連さんにに唐揚げひとつ多くしたけど、常連さんなんだからしょうがないよね
二つに分けておきながらなんですが、実をいうと、この二つは明確に分けることは難しいです。
いま、同時に二組のお客様がいらしたとします。眺めの良い席と、入口に近くて騒がしい席があります。どちらのお客様を、眺めの良い席にご案内するでしょうか。また、ウェイターが二つの皿を運ぶとき、パッと見て、どちらが出来が良いか、わかってしまうものです。どちらのお客様に、おいしそうな方を出すでしょうか。
この時に、お客様の店員に対する接し方や、来店頻度が、影響してくると思います。そして「意図的に」二組のお客様に差をつけるのです。これは、①でしょうか②でしょうか、難しいところです。
この問題に対する僕の考えとしては、「代金に見合う分を提供していれば、あとはどれだけサービスを追加すかは店側の裁量」ということです。常連さんにサービスし過ぎるあまり、ほかのお客様が不利益を被るなら、それはいけませんが、意図的かどうかは、そこまで重要ではないと思うのです。なぜなら、その店は店主の物であり、基本的には、彼の好きなようにして良い空間だからです。良くも悪くも、ですが。
さて、お湯を所望したふたりの女性に話を戻します。
薬を飲まないほうの女性にもお湯を出したのは、すべてのお客様に、等しく同じサービスを提供します、という建前のためです。もう一人にもお湯を出したことで、二人の受け取るサービスに、差はつきませんでした。
では、ほかのテーブルのお客様とはどうでしょう。その前の日にいらした、家族連れのお客様とこの二人の女性の差は、どうでしょうか。もちろん、差がついていますね。
すべてのお客様に、等しく同じサービスを提供します、という建前を守るためには、すべてのお客様にお湯を出さなければいけません。最恵国待遇みたいなものですね。ポルトガルとの間で関税撤廃したら、イギリスともせにゃらんよ、みたいなやつです。日本史で出てきた、不平等条約のあれです。
ですが、南インド屋は、大々的にお湯を提供することはありませんでした。だって建前だもの。
できればInstagramに上げないで
「代金に見合う分を提供していれば、あとはどれだけサービスを追加すかは店側の裁量」とはいったものの、やはり建前は、全員に等しく、です。
だって、常連さんだけに明らかなサービスをする店って、感じが悪いですよね。そういう店になれば、きっとほかのお客様の足は遠のくでしょう。覚悟の上なら良いのですが。
そういう、感じの悪い常連びいきでなく、柔軟な対応、というのであれば、店の魅力になります。
お客様のどんな要望にも応える超高級ホテルは、その部分を売りにしています。フレンチレストランだって、節度を持ったお願いであれば、聞いてくれることが多いです。それは、そういう店だからです。それを知ってお客様が来ますし、その分、高いお金を払います。サービス料で10%くらいかかっていますよね。
ですが、町の定食屋さんは、それを売りにすることは稀でしょう。個人経営の柔軟さで、お湯を出してくれたり、ちょっと余ったおかずを足してくれたりすることはありますが、あくまでそれは、こっそりする類のものです。「おい、俺にも南瓜の煮つけだしてくれ!」と叫ぶのはマナー違反です。ちなみに、都内に数店舗出している、サイーファケバブビリヤニとその系列店は、たぶん例外です。気になる方は行ってみてください。
好きなお店に足しげく通っていれば、お店の人がなんらかのサービスをしてくれることは、ほぼ間違いなくあります。初めてでも、たまたまサービスを受けることもあります。きっとあなたが素敵な人か、もしくは星のめぐりが良かったのです。
ただ、それを、SNSで「こんなサービスしてもらっちゃたー」とやるのは、あまりお勧めしません。店側としては、あくまで建前から外れた、こっそりやったことです。大っぴらに言われると困ってしまうし、それを見たほかのお客様は「おれも通っていっるのに、サービスしてもらったことなんかないぞ」となり得ます。それをアップしても、本人が少し気分が良くなる以外に、何も良いことはありません。
じゃあ、全員に同じようにしろよ、と突っ込まれますよね。
そうですよね。そうなのですが、少なくとも僕は、わがままなのです。お湯を欲しい人には良い顔をしたいし、全員に出すのは費用も掛かるからしたくないし、だからと言って常連びいきの店と思われたくないからインスタにはアップして欲しくないのです。わがままですね。
僕の大好きな定食屋さんでは、ご主人の好きなタイプの人(若い女性ではなく、酒飲みのおじさんなど)にサービスしているのを見ても、嫌な気持ちには全くなりません。普通のサービスでも、十分すぎるほどに満足します。そして、店主の信念によって成り立つ奇跡のような店が、その信念の一部として、誰かを優遇したって、しょうがないことだと思います。それも含めて、その店なのだと思います。
ということで、お湯を欲しくなったときは、まずは水で我慢できないかを自問して、それでもお湯が欲しければ、こっそり頼んでこっそり飲んでください。