南インド屋が店舗営業をしていた時の話です。後編はこちら。
たしか、週末の昼下がりだったと思うのですが、若い女性の二人連れが、食後、「薬を飲みたいのでお湯をください」と仰いました。薬を服用するのは、一人だけのようでした。
まあ、そういうこともあるかな、と思い、それほど混んでいなかったこともあって、別のコップにお湯を入れてお出ししました。すると、薬を飲まない方の女性が、「わたしもください」と仰ったので、もう一つ、コップに注いでお持ちしました。しばらくして、お二人は帰っていきました。
食後に温かいものを飲むと、ほっとしますよね。なんとなく満足感があります。わかります。僕もお湯と水ばっかり飲んでいるので、よくわかります。大して高いものでもないし、くれと言われたから出したのですが、これは飲食店としては失敗だったと今は思っています。
飲食店におけるマナー論争は、熱くなりがちです。
商売としてやっているのだから、バイキングで出てくる野菜炒めのヤングコーンだけを狙って取り続けてもOK、吉野家の紅ショウガはどれだけとってもOK、もちろん金を払うんだからどれだけ食べ残してもOK、支払いの時に金を投げて渡してもOK、という考え方もあると思います。「ザ・ホテル」という小説によると、超高級ホテルの客でも、金を払ったのだから何を持ち帰っても良い、と考える客が一定数いるそうです。
そうですね、お金を払っているのだから、客なんだから、店員なんだから、それくらい許されますよね。嫌なら断れば良い、その通りです。きっとそういう方は、看守になった時に、それは良い看守になるでしょう。捕虜へはどう接するでしょう。中学校のクラスでは、どういう立ち位置でしたか?
ここで、商売とは何ぞや、という話をしたいのではありませんが、お金なんて、たかがお金です。お金と商品を交換する行為に、上下はありません。貴賤もありません。明日はどちらがどちらに立っているかもわかりません。お店に気を遣い過ぎるのも楽しくないですし、お店に負担をかけ過ぎるのも、楽しくないです。
さて、お湯の問題ですが、その前に水についてもうすこし考えてみます。
日本の飲食店では、席に着くと、まずは、水がコップに注がれて出てくることが多いです。とくにカレー屋では間違いなく出てきます。バーなら出てきませんし、海外では出てこないことも多いです。
言うまでもなく、水にだってコストはかかっています。水道代はもちろんのこと、水道水をそのまま出したくないならフィルター代もかかります。コップも、ガラスなら、しょっちゅう割れます。ステンレスの水差しは意外と値が張ります。それらの置き場所も必要ですし、コップを洗う手間や水道代と洗剤代、それに、水を注いで回るならなおさら、人件費もかかります。氷を入れるなら、水道代、電気代、製氷機代が重なります。
飲食店を経営する人で、これらのことをいちいち気にする人はほとんどいないと思います。別に、水くらいどうでも良いと思いますし、僕も普段はそんなこを気にせず、出された水を無感動に口に運んでいます。
それくらい、日本人にとって、食事の時の水は、当たり前の物なのだと思います。だから、飲食店は何も言わずに水を出してくれるのでしょう。
それでは、食後のお湯は、これらの水と同列に扱っても良いでしょうか。
店側のコストとしては、大したことはありません。水よりは高くつきますが、たかが知れています。人件費はばかになりませんが、まあ、なんとかなるでしょう。
まず、薬を飲むためであれば、大体の店では出してくれると思います。
よっぽど杓子定規の店でない限り、そもそもお客さんの個別の要望に応えるのは楽しいことですし、それで満足度が上がるなら、店側にとっても良いことです。携帯を充電させてくれ、と言えば、目をつぶってくれる店も多いと思います。子ども用の小皿とスプーンをください、と言って嫌がる店は少ないでしょう。もちろん、小学生になっているなら、子供の分も注文するのがマナーだとは思いますが。
それにしても、お湯で薬を飲むというのは、どういうことなのでしょうか。なにかを溶かして飲むのでしょうか。もしかして葛根湯?
ということで、薬を飲むためのお湯は、ちょっとわがままなお客さんくらいで済みます。
けれど、単純に食後にお湯を飲みたくて注文するなら、話は別です。今回の事例では、一人がお湯をもらったから私も欲しい、くらいの気持ちだったと思いますし、一人で来て「お湯をくれ」とは言わなかったと思います。それでも、薬を飲まなかった方の女性は、薬のためでなく、「お湯を飲みたかったから」頼んだことに違いはありません。
率直に言うと、このお二方が、300円のチャイを注文していればとくに問題は無いのだと思います。店側がミールス1200円とは別に飲み物を設定している以上、なにか飲みたければ金払え、という意思表示です。
そして、食後の温かい飲み物の役割は、単純に味を楽しむため以外にもあります。
つまり、「なにか温かいものを飲んでほっと一息つく」、「食べた後におしゃべりしたいから、そのために飲む」ということです。この二つは、別にチャイじゃなくても、お湯でも満たされますよね。だから、店側としては、お湯で満足して帰られると、なんだか釈然としないのです。
この事例では、もう一つの問題を内包しています。それは、「すべてのお客様を平等に扱うべきか」という問題です。事例のお客様が、一人で来た薬をお湯で飲みたい女性なら、もうすこし単純だったのです。
個人的には、店側は、代金に見合うものを出していれば、それに追加する分については、誰に何を出そうと問題はないと思います。常連さんに一個唐揚げが多くなるのは問題ないですが、その分、ほかのお客様の唐揚げ定食に唐揚げが一個しか出てこないなら、それは問題です。
これについては、また書くことが多くなるので、明日に続きます。ちなみに、「おやじいつもの!」と言うのには全く憧れません。できるだけ、顔を覚えられたくない方です。