繁盛している街中の中華屋さんと、こだわりの珈琲

香州、という中華屋さんが、札幌はすすきのの近くにあります。

地図上で、北から南に向かってまっすぐ線を引きます。その線上に、北から、札幌駅、大通駅、すすきの駅、と並んでいて、大通りとすすきのの間には、狸小路という商店街が東西に走っています。その、狸小路のところに香州はあります。大通駅から地下の商店街を通っていけば、ほとんど雨にもあたりません。もちろん通し営業です。

香州には、ふかひれや、ホタテとアスパラのクリーム煮もあって、やっぱり酢豚や青椒肉絲なんかもある、いわゆる町の中華屋の、上位種のような店です。いつでも大体満席に近いですが、回転も良いので、すこし待てば入れることが多いです。席数は75のようです。

それで、おいしいのか、と訊かれたら、迷わず、おいしいよと答えます。訊かれてもいないのに喋れば、値段も安いし、量も十分あるし、出てくるのも早いし、そして、原価も結構高めの店だよ、と褒めるくらいに、好きな店です。エビチャーハン800円に、大き目のエビが五つ入っているのは、なかなか無いと思います。場末の喫茶店で出てくるエビピラフのような、あの小さい、カップヌードルのエビより少し大きいくらいのエビで誤魔化す店とはちがいます。

それで、すごくおいしいの?と訊かれたら、いやあ、と言葉を濁します。十分美味しいのですが、おいしくて震えるほどではないですし、シェフを呼んでくれ、こんなうまいものは初めて食べた、という味ではないし、たまに片栗粉を入れた後の火の通し方が足らないことはあるし、もうちょっと香味野菜が欲しいかな、と思うこともあるにはありますが、十分に、おいしいのです。文句はありません。ちなみに中華風チキンカレーは、南インド屋よりスパイシーでうまいです。

そして、その香州の場所から、西に向かって行って、もっともっと西に行って、お洒落エリアである円山の、残念ながらぎりぎり外側に、ここでやって人来るの?というような喫茶店があります。そこの珈琲もお菓子も、とてもおいしいのです。焼き菓子がとくにおいしくて、変に甘かったり、柔らかかったり、バニラを添加し過ぎたりしていない、パリというよりは、もうちょっとTGV列車で郊外に行ったところでたべられそうな、ふるくさい焼き菓子が出てくるのです。ばりっとした焼き菓子です。

こちらは、心も満たされるおいしさです。

さて、南インド屋、なんていうマイナーな店をやっていたのだから、香州よりこちらの店を褒めるかと思われるかもしれません。マイナーな、個人経営のこだわりの店を褒めるエッセイかな、と思わせておいて、そうではありません。ジャンルは違いますが、敢えて言うと、香州のほうが好ましいです。

皿の中に集中して云々、だとかえらそうなことを別稿で書きましたが、やはり、香州の持つ、安定性、つまり、いつ行っても間違いなく満足して帰れる、という安心感、そして立地の利便性、というのは、替え難い魅力です。おいしいのが一番、と大声で言いたいところですが、中声くらいにしておきます。

香州がその安定性のために支払っているであろう労力や、費用、そしてこだわりは、おいしさのために支払う、頑固で不器用な店主のこだわりに比べ、まったく劣るものではないです。実際、香州は、人件費と原価が、ほかの中華屋より高いはずです。人が多いから調理もサービスも安定しますし、エビが多ければ、それだけで嬉しいのです。

そして残念ながら、おいしさに資源を集中させると、その店は、もろくなります。すくなくとも長続きはしないでだろうと思います。

その喫茶店の珈琲は、すごくおいしいこともあれば、あれ?ということもあります。一人の人間の腕と舌に依存する分、振れ幅も大きくなるのでしょう。たとえ振れ幅が小さくても、そういうこだわりの味を求めるお客さんには、その小さいブレさえも、許せないものかもしれません。また、焼き菓子は、方針を替えたのか、甘くなってバニラが増えたようにも思いますし、そもそも、珈琲もお菓子も、少ない人員で切り盛りしているので、いつでも最上のものが出てくるとは限りません。

出来ることなら、こだわりの店が繁盛して、それでも味が落ちないで、長続きしてくれることを願っています。そう思ってはいますが、いち消費者としての自分を見つめてみると、なかなかそれは難しくも思えます。無駄なお金は払いたくないし、辛抱強くはないし、わがままなのです。僕が、こだわりの店をつぶしているのです。

南インド屋はどういう店だったろうか、と飲食業界のはしっこにいる自分が振り返ってみると、そういう意味での安定性には欠けていたと思います。それでも支持してくださったお客様には、とても感謝しています。このブログでのレシピの公開も、コラムも、お客様として来てくれた方たちに何かを返せたら、という気持ちがあります。なので、無料で公開していいの?と心配してくれている方は、どうか心配なさらず。これからもよろしくお願いします。

あ、コラムの最後が、よろしくお願いします、で終わるとなんとなく締まった風になるのは、ビジネスメールと一緒ですね。便利!!