下戸と泪と男と女の話 その②

世界を二元論的に語ってみましょう。

世の中には、男と女がいる、若者と年寄りがいる、東側と西側の陣営がある云々。キノコが好きな人と、キノコが嫌いな人、世の中には二種類の人間がいる、などと、言葉遊びのような表現を、あちこちで見かけます。この言い回しって、だれが始めたんでしょうね。

それでは、酒好きと酒が好きじゃない人、この違いは、世界を二つに割るほどなのか、と言うと、少なくとも、キノコよりは説得力があると思います。

そういう話です。世界はアルコールで二分されていると思うのです。承前です。

大学における、入団テストとしての飲み会

大学に入ってすぐ、酒を飲むことの重要性を悟りました。

クラスの初顔合わせの日に、もう飲み会がありました。札幌の四月は、まだまだ寒いです。めかしこんで春コートを着ているので、なおさら寒いのです。早く帰りたい気持ちでいっぱいでした。

汚い茶髪をパーマにした上級生が、音頭を取っています。なんだか強制参加のような雰囲気で、学校で整列して前ならえの空気を感じたので、僕はひとり抜け出しました。数クラス合わせて200人くらいで、唯一の脱走者だったと思います。会って数時間の人たちと、安い居酒屋に行くなんて、考えられません。どうせあの、まるたっていう焼き鳥屋でしょう。

次の日からは、普通の講義が始まります。クラスごとの講義もあります。

え?みんなそんなすぐに仲良くなったの?

え?昼ごはんの時のグループ分け、もう決まってるの?置いてかれた!うらやましい!

まばゆいキャンパスライフにおいて、僕は大きく出遅れていることを知りました。

酒は、重要なのです。

何に重要って、ほとんどすべてのことより大事な、男と女のことにおいて、酒の果たす役割は大きいのです。

ここで言いたいのは、酒の勢いで12時を回ってしまった類の話だけではありません。そんなの事故みたいなものと想像します。経験したことが無いので想像するしかありません。飲み会に出会いを求めるなんて素人の考え、と酒飲みの友人は言います。飲み会は酒を楽しむ場なんだと。なるほど。

僕も、そう思います。飲み会に行って酒を飲んでいれば彼女ができるなんて、思っていません。それよりも、大切なのは、集団に入れるか入れないか、ということなのです。

すくなくとも日本においては、集団の中で交際相手を見つけることが多いです。その集団に入るときは、必ず飲み会という入団テストがあります。

大学生の初日で判明したように、飲み会に行かないでひとりで帰るようなやつは、仲間に入れてもらえません。酒を飲むと具合が悪くなるし、大勢でしゃべってもつまんないから帰って寝るような僕には、あのBGMは聞こえてこないのです。

そう考えてみると、下戸であるか否か、アルコール分解酵素をもっているかどうか、という体質の問題でなく、飲み会が好きかどうかの、気質の問題だと、思われるかもしれません。

たしかに、「わたしお酒飲めないけど、飲み会の雰囲気がすきー」と言える女性は強いです。彼女たちは、下戸というハンデなど気にしないでしょう。いまなら、ハンドルキーパーという手もあります。飲めないなら飲まなきゃいいじゃん、会話を楽しもうよ云々。

ふんふんなるほど。よくわかります。

ただ、あれですよ、飲み会で素面でいて楽しいですか?

ボーリング場に行ってボーリングしないで帰っても楽しいですか?食べ放題の店に行って、水だけ飲んで帰れますか?

僕は、それが嫌でした。世の下戸たちも同じ気持ちと思います。

飲み会という場は、酒を中心に回っています。野球部において、マネージャーもチームの一員、とは言いますが、マネージャーはべストイレブンには入れませんし、ドラフトで指名されることもありません。球を投げてなんぼ、酒を飲んでなんぼなのです。

酒が飲めない人間が飲み会にいるというのは、ものすごい疎外感です。そりゃあ、阿片窟に素面の人がいたら叩き出されるでしょう。映画のプラトーンでも、みんな色々吸ってました。

話がそれてきていますが、つまり、こういうことです。

酒を飲めない→飲み会に行かない→集団に入れない→男と女につながらない

こういう図式です。わかりやすい!

とはいえ、まだまだ大学生、酒でなくスポーツや趣味でつながることもあります。ところが、みなさまご存知の通り、社会人になると、また話が変わってきます。

酒の役割、社会人のデート編

人と会ってご飯を食べたり話をしたりすることを、飲みに行く、と表現するようになったのは、いつからでしょう。

異性だけなく、男同士でも、誘い文句は決まっています。

「今度飲みに行こう」

このとき、「飲みに」の「に」はあまり強く発音しません。「飲みぃ行こう」と言います。

僕も、言われたことがあります。「やっしー今度飲みぃ行こう!」「いや、お酒は飲まないからランチなら……」「あ、そうなんだ……また誘うね!」

先ほどは、集団に入る→男と女、という図を描きましたが、年を重ねるにつれ、より一本釣りの要素が強くなってきます。大学時代は、播き餌や投網のように、数うちゃあたる的な発想です。点でなく面です。

だからなおさら、デート=飲みに行く、なのです。

勤めているとき、高校の同級生で、東京でブライダルプランナーをしている女子を、なんとなく、ご飯に誘おうと思い立ちました。佐藤さん(仮名)はお酒飲む?なんて、今思えばバカな質問をしたのですが、結局それは、相手がマイコプラズマ肺炎になって流れました。僕もフランスに出立したので、それっきりです。

この時も、待ち合わせは、18時以降でした。夜の街です。雑踏です。

こういう状況で、お酒を飲まないという選択肢は、ありません。断言します。ありません。

そもそも、夜に人とご飯を食べる場所は、十中八九、酒を飲む場所です。タイ料理屋に行って、いや、僕はジュースで、なんてやってはいけません。帰れお前、となります。男女のデートならなおさらです。LOVE理論(読んだことない)で書かれそうなことを、わざわざここで書くことはしませんが、男女だけでなく、人付き合いにおいて、酒を飲み交わすことは、簡単な近道です。むしろ、唯一の道と言っても良いくらいです。

僕程度の下戸なら、がんばってビールを一杯飲むことはできます。ただし、顔は赤くなる、動機めまい息切れの養命酒コースです。養命酒できっと酔いが進みます。

頭の中にあるのは、会話の内容でも、食べているものでも、男と女のことでもなく、「はやく帰りたい」です。全然、話になりません。

だから、下戸には、誘い文句がないのです。「ケーキぃ行かない?」なら使ったことはありますし、成約率も思いのほか高いのですが、それは、明るいところでケーキ、という垣根の低さゆえです。

付き合ってからの話

最初に、酒好きと下戸を二分しましたが、ここでもう一度検討してみましょう。

なにも飲みに行くだけがデートではありません。どうにかして、交際相手は見つかるものです。

付き合う前の探り合いの段階でなら、たとえタイ料理屋でジュースを飲んでも、気の合う二人であれば、話ははずみ、男と女になることもあろうかと思います。

では、それから、デートで夕飯を食べようとなった時、どんな店に行くでしょうか。

僕のように、とんかつ、定食屋、回転ずし、カレー、カレー、カレー、という訳にはいきません。相手は、せっかくだからお酒を飲みたいはずです。居酒屋、バル、ビルトロ、焼き鳥、イタリアン、などなど、どう考えても、ふたりの行きたい店は一致しません。これは、おおきなストレスです。生活のリズムが合わないようなものです。

それなら同じ趣味の人と付き合えれば良いじゃん、となりますが、それはとりもなおさず、酒が世界を二分していることになります。ほら、やっぱりね。

ということで、いくつになっても、お酒はついて回ります。仕事でも、飲み会は避けて通れません。町内会での飲み会なんてのもあります。親戚の女性は、町内会での初の飲み会で倒れるまで飲み、それでおじさんたちは色めき立ち、以降、積極的に飲み会が開催されるようになりました。そりゃあ、綺麗でおとなしいな女の人が、いきなりのん兵衛だったら、面白いですよね。わかります。

やはり酒なのです。だから、世の中の飲酒人口が半減するまでは、あまり集団に属さないように暮らしていこうと思っています。