心の中のまる子がよろこぶクロワッサンチョコ

JR札幌駅の、ここはテナント料高いだろうなあ、という場所にPaulが出来ました。2014年のことです。ほとんど駅構内、と言って良いような、一番人の通る場所です。まえはBEAMSかSHIPSがあった気がしますが、あまり流行っていなかったと思います。いや、パンって当たると儲かるのですね。

Paulのパン、おいしいですよね。ざっくりするものはちゃんとざっくりして、バターをしっかり使っていて、甘いものはきっちり甘くて、好きな味です。エスカルゴレザン、というデニッシュ生地をくるくる巻いて、レーズンと大量のシロップをかけたようなパンが、すごく甘くて好きです。そのままスターバックスで売っても馴染みそうな味です。

フランスのせこまにゅ夫妻は、Paulを、大量生産のチェーン店の味と言いますし、僕も多分そうだろうと思いますが、なにせここは日本で札幌、道産小麦100%使用!と謳った、軟派なパンが幅を利かせているのだから、フランスではいまいちなPaulだとしても、嬉しいのです。

Paulで好きなパンに、pain au chocolatがあります。パンショコラ、という表記だったかもしれません。ザクッとしたデニッシュ生地で、チョコを包んだものです。カプチーノと一緒に朝ごはん、というかんじですね。ちなみに、カプチーノを飲むとお腹が緩くなるので苦手です。チャイなら大丈夫な不思議!

朝からやってるパン屋で紙に包んでもらうと、その紙が油で滲んで黒くなるくらい、バターたっぷりです。「ジュリー&ジュリア」という映画では、バターはうまい、うまいものは大体バター、というようなことを言っていた気がします。

そして、店員Aの好きなパンは、croissant chocoという、クロワッサンをチョコでコーティングしたものです。写真の右側の真っ黒なパンです。croissant chocolatとは違うのでしょうか。

この二つ、おそらく組成はほとんど一緒で、極端に言うと、チョコが外にあるか中にあるかの違いだと思います。パン作りには詳しくないので、間違っていたらごめんなさい。それで、どちらが好きかと言うと、僕は圧倒的にパンオショコラの方が好きです。デニッシュ生地は、ザクッとした食感とパターの香りが身上だと信じているので、クロワッサンショコは、チョコがかかっている分へにゃっとして、クロワッサンの良さが消えているような気がして、「チョコプリッコ」という高校の購買で売っていたパンを思い出します。あ、このパン、北海道限定だったんですね。チョコでコーティングされた、へにゃっとした菓子パンです。

店員Aに、パンオショコラの方がおいしくない?と訊くも、「いいやこっちが好き」という返答で、おかしいなあ、フランス好きのはずが、なんでかなあ、と思ったのですが、ふと思い至りました。あれですね、心の中のまる子が喜ぶんですね、きっとそうです。

心の中のまる子が喜ぶ、これは、2017年現在50代女性の「内在的論理」を理解するうえで、このうえなく重要であると断言します。

(「内在的論理」というのは、佐藤優さんがよく使う言葉で、「ロシア官僚の内在的論理を、日本の外交官は理解しなければいけない。いまの外務省にはクレムリンの内在的論理を理解したうえで行動できるプロフェッショナルの数が圧倒的に足りない」という風に使います。よくわからないですが、そういうかんじです。)

グレープフルーツを食べるためのスプーン、グレープルーツは半分に切って皿にのせて砂糖をかけてスプーンで食べる、いちごスプーン、砂時計の置物、エビフライ、プリンアラモード、レモンスカッシュ、脚付きのアイスクリーム皿(銀製)とウェハース、パーラー、ウェイトレスさんが頭にのっけるひらひらの布、JALがわが世の春を謳歌していた頃の口紅をきゅっとつけたスチュワーデス、JALパックのバッグ、プードルを連れたパリジェンヌ、手にはむき出しのフランスパン、紙袋に入れたリンゴを坂道で落としてしまい男の人が拾ってくれる、イニシャルの刺繍つきハンカチ、そもそも刺繍、手紙の最後にもイニシャル、二階建てのケーキ、金や銀の燭台、舞踏会、ジュリエットがロミオを待つバルコニーの手すり、スカーレットオハラが降りてくる階段、勿忘草の押し花の栞、カラーひよこ、水のみ鳥、白いピアノ、ウインク、ロールキャベツ……。

どれも、まる子が目を輝かせるものです。喉から手が出るほど(この表現も古い)欲した、海外への憧憬、お金持ちへの憧れ、そういうものが詰まっています。違うのも混ざっていますが。

……なにを言っているかわかりませんか?

しょうがないですね。わからない方は、ぜひ近くの女性をつかまえて、札幌大丸店のイノダ珈琲に連れて行ってください。赤絨毯を踏んで席に着き、そして、ナポリタンと、クリームソースのスパゲティを注文してください。深煎りの珈琲の香りがします。

しばらく待つと、目の前にスパゲティの皿が置かれます。それから、かぱっと手つきの蓋を取ってくれます。これには、間違いなく心の中のまる子が震えます。間違いありません。水を向ければ、いくらでもしゃべってくれるはずです。

そう、Paulのパンの話です。

クロワッサンをチョコでコーティングすることで、クロワッサンの良さはかなり減じます。でも、それで良いのです。チョコの香りがまんべんなくして、バターの香りがわからなくなっても、良いのです。「チョコでコーティング」という行為には、ロマンがあふれています。まる子が喜ぶのです。

仕事帰りにPaulのパンを買って帰ろう、お母さんにはどれがいいかな、と悩んだ時には、ぜひクロワッサンチョコをおすすめします。僕には、パンオショコラをお願いします。