ヘビーシロップとヘビーオイル復権の日は来るのか

世は肉ブームみたいですね。

世の中のざっくりとした流れとして、たしか20世紀はじめくらいに、アメリカのどこかの団体がこういうことを言い出しました。詳しい人がいたら訂正してください。『脂肪の歴史』という本に依拠しています。

肥満とか心筋梗塞とか脳卒中とかそういうのは、肉たっぷり、バターたっぷり牛脂たっぷり、の食事のせいなんだ、だから、肉を減らして、ヘルシーな生活をおくるべき、と。バターよりマーガリン、というのも、この流れです。だから、これはアメリカではありませんが、バターでなくラードを練りこんだポークパイなんかは、隅に追いやられます。マクドナルドも、植物油で揚げるようになります。(フライドポテトに関してはちょっと話が違うみたいです)

そういう流れがしばらく続います。いまでも、日本でヘルシーと言えば、肉や油が少なくて、野菜が多い食べ物を指すことを見ても、この、ヘルシーな食事が健康的、という考えは、根強いのだと思います。マクロビなんかも、ずいぶん昔からある考え方ですね。日本では今でもホットなのかもしれませんが。

それで、やっぱりバターの方が良いよね、とか、肉と脂肪を減らしたから、かえって肥満人口が増えたんじゃね?という考えが出てきて、肉と油たっぷりの伝統的な料理の再評価の機運もあいまり、やっぱり低炭水化物がダイエットには最適!という話も出てきます。いきなりステーキでもこれを推していますね。日本では新しいですが、アメリカでは、結構前から出てきているんですね。

ここからがやっと、言いたかった話です。フルーツ缶のシロップと、ツナ缶のオイルの話です。

フルーツ缶と言えば、フルーツを歯が溶けるほどに甘いシロップに漬け込んだ、素材の味なんてくそくらえ、というような、甘美な食べ物だと思います。ツナ缶も、どうせ、ぱさぱさで味がないものを、あのたっぷりの油で漬け込むからおいしいのだと信じています。

ところが、少し前から、こういうヘビーシロップやヘビーオイル漬けでなく、ライトシロップ、ライトオイル漬けになっています。いまでは、ヘビーなものは、ほとんど見かけません。

なぜそうなったか、詳しい理由は知りません。ヘルシー志向、原料高、そもそも保存性の観点から過剰だった、などの理由が考えられます。とくにヘルシー志向は、商品の仕様変更を後押ししたと思います。もしかしたら、生クリームがバタークリームにとってかわったのと、同じ流れかもしれません。

非常に、非常に、残念です。

砂糖はうまいのです。油はうまいのです。化学調味料だってうまいのです。わかってください。

ハンバーガーはうまいのです。チャーハンもうまいのです。ルーロー飯もうまいのです。マトンカラヒもうまいのです。

いまだに、玄米に自家製味噌をつけて食べるのが新しいと思っている人が多そうな日本ですが、昨今の肉ブームは、とても良い傾向です。個人的には、肉を大量に食べるのは体質的に向かないのですが、この肉ブーム、とくに、いきなりステーキやシュラスコなどの、赤身肉ブームは、よしよしとこぶしを握りたくなります。

赤身の良さに気がつけば、脂身のうまさの再評価への道も開けます。

赤身肉をみとめることは、いわゆるヘルシー志向の地盤を揺るがします。一度揺らいでしまえば、じつは脂身も体に悪い訳じゃない、となるのも時間の問題です。そうすれば、やっぱりヘビーシロップうまいじゃん、ヘビーオイルうまいじゃん、となるかもしれません。

いや、でも、ヘビーシロップは、実際体に悪そうですね。油より、大量の砂糖の方が危険な気がします。いやいや、そんなことはない、あーあー聞こえない聞こえない。

それよりひとつ、検討しておくべきことがあります。それは、ヘビーシロップやヘビーオイル漬けが、ただの懐古趣味ではないか、という指摘です。はい、自分で指摘しています。

これは、どうなのでしょう。すぐに否定はできない気もします。

先ほど挙げた、バタークリームを考えてみましょう。

バタークリームはうまかった、生クリームなんか軽くて食った気がしない、という考えの人が、一定数いるかと思います。おそらく50歳以上だとは思います。

バタークリームのおいしさも、わかります。あれは、おいしいものです。

ただ、おいしくないバタークリームが多いのも事実だと思います。というより、いわゆるバタークリームには、バターって入ってるんですか?

驚くほどまずい、円山のかわいいカップケーキ屋さんも、バタークリームを使っているらしいのですが、あれは、たぶんバターは使っていなさそうです。いや、吟味する余裕もなく、すぐに吐き出してしまったんですけどね。あまりの香料の強さに。アメリカ人もびっくりです。

店員Aにバタークリームの話をふっても、あんなの不味いよ、と吐き捨てるように言います。おそらく、まずかった昔のケーキのイメージが強いんだと思います。給食も昔はまずかったみたいだしね。

そういう、昔のバタークリームケーキがおいしかった、というのでなく、僕の言いたいのは、バタークリームそのものはおいしい、ということです。

バタークリームが、クロテッドクリームのような使われかたをすれば、これは、生クリームよりおいしいと思います。軽くて味のしない生クリームより、おいしいはずです。いや、生クリームも大好きなんですけどね。ウィンナー珈琲も大好きです。

いわゆる昔のバタークリームのケーキを、「昔のは美味しかった」というのは、たぶん懐古趣味です。ぱさぱさのスポンジに、何が入っているかわからないバタークリームを合わせて、しかも保存性の高さを良いことに作り置きした物なら、おいしいはずがありません。

ただ、バタークリームそのものの魅力は、確かにある筈です。だから、バタークリームはうまい、と主張することは、必ずしも懐古趣味とは言えないはずです。

では、フルーツ缶とツナ缶においては、どうなのでしょう。懐古趣味なのでしょうか。

ちがう、懐古趣味じゃない、と僕は言いたいです。

なぜなら、フルーツ缶もツナ缶も、そもそも大しておいしいものじゃなく、ある種ジャンクな食べ物だからです。フルーツ缶に、果物そのものの味を求める人はいますか?もしかして船乗りの奥さん?

フルーツ缶は、果物の代替ではありません。元来はそうだったのかもしれませんが、食べればわかるように、似て非なるものです。生の果物と同じ楽しみ方なんて、望むべくもありません。

同じように、ツナ缶って、魚としてでなく、もう「ツナ缶」というひとつの食べ物になっていると思います。魚の味を楽しみたい人がツナ缶を求めるわけがありません。もしかして猫?

世は本格志向、と繰り返しておきながら、ジャンクなおいしさも、僕は大好きです。

こういう、ジャンクなおいしさとしての、フルーツ缶とツナ缶には、それに見合う、ヘビーシロップの濃ーい甘みと、ヘビーオイルの、もったりしたうまさが必要なのです。そういう組み合わせで成り立つおいしさなのです。ヘルシー志向や本格志向なんてくそくらえです。

だから、この肉ブームに乗っかって、ヘルシー志向が廃れ、またあまあまのフルーツ缶が主流になれば良いと思います。

まあ、大しておいしくもないから、何年かにいっぺんしか食べないので、どうでも良いんですけどね。