雑記2019/04/04「継続性」

●継続性

日記は好きで書いている。雑記。それほどの負担にはならない。だから、インドでも書けるかなと思ったけど、書けなかった。余裕がなかった。時間的な余裕が無かったわけではないけれど、書くことはできなかった。つまり、ある程度の負担ではあったということ。なにより、何度か、いまなら書けるな、と思ったけれど、書く暇があるなら休んで、参加者に提供するサービスの質を高めたいと思った。だから書かなかった。それがお金を受け取った人間の誠実さだと思った。本当は、写真を撮って、旅行記みたいなものを書けたらと思ったけど、同じ理由で、写真も撮らなかった。アイドルは家に帰ってもアイドルであるべきかというとそうではないけれど、もともとが、体力も集中力も普通の人より少ない僕なので、自然、優先順位をつける必要がでてくる。そうなると、金銭の授受が発生している案件が優先になる。当たり前のこと。そして、南インド屋のこと。もともとは、レシピやコラムを書き散らかすブログだった。なぜそんなことをしていたかと言うと、僕が、それが出来る人間だったから、というのが正確な気がする。とりあえずは生活に困っていなかったし、自分のできることを、目に見える形で残してみよう、という程度の思いつき。インド人に借りたものを、世の中に還元しようという気持ちもあった。そもそも、レシピというものにそれほどの価値を認めていなかったのもある。だからお金はとっていなかった。今にして思えば狂気の沙汰だけど、僕の経験として、必要なことだったと思うし、タイムマシンがあっても、助言にはいかない。やればいいと思う。そしていま、料理教室をやっている。スパイス販売もやっている。有難いことに売れている。そうなってくると、お金にならないことは、できなくなってくる。優先順位が低いものは、常に入ってくる案件に埋もれて、いつまでも放っておかれてしまう。言ってしまえば、やる気にならない。スイッチが入らない。もちろん、目先の利益を追うだけではブランドなんて作れないだろうとは思うけれど、やる気にならないのだから仕方ない。それに、僕が無料でレシピを公開し続けて、それが何になるのか、という疑問もある。無料だから見る、という人にかまけて、お金を払う覚悟のある人への対応がおろそかになってはいけないと思う。ネット上のコンテンツは無料のものが多いけど、ほんとうに無料のものなんて存在しないよね、ということに世の中が気が付き始めていると思う。そして、自分の書いてきたものを見返して、これでお金が取れるか、というと、取れないと思う。質の問題ではない。体裁の問題。誤字や表記ゆれ。これをまず潰さないと話にならない。僕も、無料であることに甘えていたということ。そもそも細かい作業が苦手なのと、コストの問題。それなら、お金を払う覚悟のある人に向けて、覚悟をもってサービスを提供するほうが良いんじゃないの?という話。プロにならないといけない。事業の継続性を担保するのは何より収入だと思う。だから、もし南インド屋が、無料公開をやめたとして、まあ、それが一番良い形かは知らないけど、もしもの話、その時に、僕を批判する人が出てきたなら、それは、南インド屋の継続を願わない人、ということになる。もしくは、テレビが無料だと思っている頭のゆるい人。一番良い形で、継続していきたいと。