これから何回かに分けて、スパイスの使い方の、基本的なところを述べていきます。思いつくままに書いていくので、後でまとめて一本のコラムにするかもしれませんし、映像化するかもしれません。
これまでのレシピやコラムと内容が重複することがありますし、もしかしたら、腕利きのスパイス好きの皆様には、物足りない内容になるかもしれませんが、どうかお付き合いください。想定する読者像は、S&BやGABANのスパイス類を、ちょっと触ったことがある、程度の方々です。
最初は、基本原則その①スパイスには火を通す、です。
これは、インド料理業界では常識だと思います。もし、スパイス講座に行ったことのある方なら、スパイスには火を通しましょう、と教わったはずです。では、それはなぜなのか、考えていきましょう。きっとその理由を考えることで、良いスパイスの使い方が見えてくるはずです。
スパイスには火を通す……なんで?
スパイスに火を通すべき理由として、ざっくりいうと、ふたつが挙げられます。
①生のままだと体に悪いから
②生のままだと香りが立たないから
この二つを、順番に解説していきます。
生のままだと、なぜ体に悪いかを説明する前に、まずは、手近にあるスパイスを生でそのまま齧ってみてください。
いかがでしょうか。
けっこう、エグみや渋み、苦みが強くはありませんでしたか。ふわああ、最高だああ、スパイス最高だああ、となってしまったらちょっと困るのですが、もしかして、ナツメグを齧りませんでしたか?ナツメグには幻覚作用があるそうです。
良薬口に苦しと言いますし、実際スパイスは、漢方では、薬として扱われることも多いです。クローブは丁字・丁香で、胃に効きますし、フェンネルは茴香(ウイキョウ)で、これが太田胃酸に使われているのは、有名な話ですね。
薬として使われるようなものを、ばくばく生で食べたら体に悪そう、というのは、なんとなくイメージがつくのではないかと思います。
そもそも、スパイスとは、だいたいが、植物の種子です。クミン、フェンネル、コリアンダ―、ブラックペッパーなど、有名どころは、種子が多いですね。もちろん種子だけではありません。カスリメティは葉っぱですし、シナモンは樹皮です。サフランは、めしべですね。[note]black stone flower通称カルパシは菌類なので、植物だけとは限りませんね。[/note]
このように、植物の種子や樹皮、葉っぱなどを生でかじったら体に悪い、というのは、薬うんぬんは置いておいても、よくある話です。
思いつくままにいろいろ挙げてみますね。
ゼンマイ、ワラビ、フキノトウ、などの山菜は基本的に火を通したり塩漬けにして食べますし、青い梅をそのまま齧ったら死ぬこともあります。ギンナンも生で食べてはいけませんし、小豆や大豆などの豆類も、火を通さないと毒性があります。キノコもナッツも、基本的には火を通して食べますよね。ヒマシ油に含まれるリシンは、加熱で弱まります。
毒までいかなくても、ほうれん草のシュウ酸は、口の中を荒れさせますし、パイナップルを食べすぎると、酵素で口の中が痛くなる人もいます。はい、どちらも僕のことです。
ここまで来れば、だいたい話は見えてきたと思います。
簡単に言うと、種子や樹皮、葉っぱや花には、人体に有害な物質を含むことが多く、それらは、火を通すと元気がなくなって人体に無害になるものが多いので、スパイスには火を通して使うのです。
この説明は、厳密なものではないので、ご容赦ください。
実際は、生で大量に食べたクミンとサフランが、おなじ仕組みで人体に害をなすのかというと、そうではないのですが、だいたいのイメージは伝わると思います。種子にふくまれる酵素抑制物質うんぬん、という話もありますが、これもまた、火を通しておけば大丈夫なのですね。[note]ナッツの食べ方で、水に30分以上つければ酵素抑制物質が失活するとの記述もありますが、詳しいことはわかりません[/note]
いかがでしょうか。
こんな理由で、スパイスには火を通すのですが、はじめにちゃんとスパイスを齧った方は、「これは生で大量に摂ったら体に悪いな」というサインを、舌から受け取ったのではないでしょうか。そう、その感覚は、たぶん間違っていません。
次に、理由の二つ目です。
スパイスは、火を通すと香りが立つ
最初に挙げた、なぜスパイスに火を通すか、の理由をもう一度述べます。
①生のままだと体に悪いから
②生のままだと香りが立たないから
この、②番について考えていきます。
簡単に言うと、火を通すことによって、スパイスの香気成分の揮発が促されて、われわれの鼻に届き、「良い香りだ!」となるからです。つまり、火を通すと香りが立つのです。
では、スパイスは生のままだと香りが立たないのか、というと、そうではありません。このあと詳しく説明しますが、加熱だけがスパイスの香りを立たせる方法ではありません。粉末にする、という手段がありますし、あまり一般的ではないかもしれませんが、油脂に漬け込むことで、香りを引き出すことができます。ただ、粉末にしたり油脂に溶かしたものを、さらに加熱することで、よく香りが立つのです。
だから、まとめると、「スパイスは火を通して使いましょう」という話になるだと思います。
では、粉末にすることと、油脂に漬け込むことを考えていきましょう。
粉末については、イメージがつくのではないでしょうか。黒コショウは、ホール(挽いていない、原型のままのこと)では、あまり香りはしませんが、ガリガリとミルで挽くと、とたんに良い香りがしますよね。S&Bのカレー粉も、GABANのガラムマサラ[note]ガラムマサラとは、ミックススパイスの一種です[/note]も、すごい匂いがします。これらはどれも、火を通してはいませんが、よく香りが立っています。[note]ガラムマサラは火を通していないか、というと、実は微妙なところです。温める程度に煎るものもあれば、火を通すものもあるし、まったく煎らないで粉末にするものもあります[/note]
これらは、粉末にしたり挽いたりすることで、香気成分を包んでいるものを破壊して、解放していることになります。摘んだハーブを、ぎゅっと指でひねると、一気に香りが立ちますよね。それと同じです。
もうひとつ、油脂に漬け込むことも考えてみましょう。香水です。香水をつくるためには、植物などから香りを引き出します。色々な方法がありますが、油に漬け込んだり、脂で吸着させる方法があります。これらは、芳香成分が脂溶性であるときだけ、使える方法です。
脂溶性、というのは、脂に溶けやすい性質のことです。スパイスの香気成分は、ほとんどが脂溶性なんですね。だから、火を通さなくても、油に入れておけば、香りが立ちます。
このように、粉末にしたり、油脂に漬け込んだりしたものを、さらに加熱することで、一気に香りを立たせることができます。
こうやって考えていくと、スパイスの香りを立たせる、というのは、そのままでは封じ込められていたスパイスの香りを、あの手この手で引き出す、という工程のことだと言えますね。
では、これらのことを踏まえて、どのようにスパイスを使えばよいか、実際のテクニックに応用させていきましょう。
香りを引き出すスパイスの使い方
ホールスパイス編
ホールスパイスは、そのままカレーに放り込んでつかっても、香りが出ません。どうにかして香りを引き出してつかわないといけない、というのが、これまでの話でわかったことですね。
ホールスパイスについては、3つの使い方があります。
①はじめに油で炒めてつかう
スタータースパイス、なんて呼ばれますね。最初に油でスパイスを炒めることで、油の力と熱の力で、ホールスパイスの香りが引き出されます。なんで最初にスパイスを炒めるのかなあ、と疑問に思っていた方はいたかと思いますが、こういう理由だったのです。
②最後に、別の鍋で炒めて、ジャッとカレーにかける
テンパリング、とよばれる方法です。南インドではとても頻繁につかわれるテクニックです。最初に油でスパイスを炒めてしまうと、どうしても調理の最中に香りは飛んでしまいます。なので、よりダイレクトに、繊細な香りをつかいたいときには、最後に小鍋でスパイスを炒めて、食べる直前に、ジャッとかけるのが一番なのです。チキンカレーなんかを作るときに、香りが足りないと思ったら、最後にカルダモンやクローブを油で炒めて追加すると、とても香りが良くなります。
本来、テンパリングとは油でスパイスを熱して香りを出すことで、とくに調理の最終工程に限ったものではありません。つまり、①の、調理の初めにスパイス油で熱するのも、テンパリングなのです。ただ、日本で見かける文章では、最後にジャッと加えることをテンパリングと呼ぶ傾向があるので、ここではそれに倣って、最後にスパイスを油でシュワシュワさせてジャッとかける行為をテンパリングと呼びます。
③挽いて使う
黒コショウをガリガリ挽いたり、ラッサムというスープ状のカレーに、最後の方に挽いたスパイスを入れるやり方です。パウダースパイスとして売られているものを使っても良いのですが、その都度自分で挽いた方が、香りが良いことが多いです。ただ、後で述べますが、挽いて使うときにも、油で炒めたほうが良いこともあります。
パウダースパイス編
挽いてあるスパイスは、すでにそれ自体で香りが立ちやすいです。ハーブをぎゅっと指でひねると香りが出る、と言いましたが、もうぎゅっとひねられた状態のスパイス、ということです。
①最後に振りかける
七味唐辛子のイメージです。パウダースパイスは、香りが立ちやすいので、逆に、香りが飛びやすいということでもあります。なので、香りを生かすためには、調理工程の、後の方でいれなければいけませんが、実は、インド料理では、最後に振りかける、というのは、あまり使われない方法です。ガラムマサラでも、入れてから、かならず煮込みます。または、下記のような方法をとります。
②調理工程の初めの方に加える
香りを立たせる、という話からは外れてしまうのですが、ターメリックパウダー、コリアンダーパウダー、チリパウダー、とくにこの3つは、調理の早い段階でつかいます。そうすることで、粉っぽさや苦みをおさえるのです。とくにターメリックは苦みが強いので、しっかり熱を通して油に溶かさないと、苦くて変な味のカレーになってしまいます。
この三種類以外でも、クミンやブラックペッパーを挽いたもの、ガーリックパウダーやジンジャーパウダーを、玉ねぎを炒めた後に投入して、がっちりと香りや味をだすチキンカレーのつくりかたもあります。
③油で炒めてからつかう
パウダースパイスは、粉っぽくなりやすいので早めに入れたい、でも早めに入れると香りが飛んでしまう、このジレンマを解消するためには、このやり方です。小鍋に熱した油の中に、挽いたスパイスをいれて香りを出し、カレーにジャッとかけて出来上がり、という方法です。これは、ちょっとプロっぽいやり方で、あまり普通のレシピでは載っていないはずです。この方法を覚えると、どの段階からでも、スパイシーさを調整することができますし、ホールスパイスをテンパリングするよりも、がっちりと香りが立ちます。すべての料理に使えるわけではありませんが、肉のカレーを作るときには、覚えておくと役立つテクニックです。
以上、スパイスは火を通して使う、という話から、香りを引き出すスパイスの使い方まで話がたどり着きました。
ちょっと振り返ってみますと、スパイスに火を通すのは、生のままだと体に良くないから、また、生のままだと香りが立たないから、という理由によります。植物って生で食べると結構危険だよね、という話や、スパイスの香気成分が、熱で揮発する話をしました。また、香気成分が、脂溶性であることから、油脂に溶かすことで香りを引き出すことについても触れました。
これらのことから、香りを引き出すスパイスの使い方が導かれました。ホールスパイスは、
①最初に油で炒める
②最後に油で炒めてつかうテンパリング
③挽いてつかう
という3つの方法がありました。パウダースパイスに関しては、
①最後に振りかける
②調理工程の最初に加える
③テンパリング
という3つの方法があります。どれも、頻繁に使うテクニックです。
以上、南インド屋スパイス講座第一弾、「スパイスには火を通す」でした。