「さて、今日は、スパイスの話をしようと思う」
「南インド料理のブログだから、当然やな」
「正確には、スパイス信仰の話になる」
「信仰、とはずいぶん大上段に構えたな」
「カレーをひとに振る舞ったことのある人ならわかるかと思うが、食べた人が味の感想を述べるとき、まず、スパイスについて言及することが多い」
「そりゃ、カレーだから、スパイスなんじゃないのか」
「スパイス使い云々、スパイスが立っている、スパイスがふわっとくる、スパイス感がつよい、などと形容することが多い。カレー好きなら、クミン、コリアンダー、カルダモン、などのスパイス名を出すこともあるが、大体、それは外れているな。作った本人でないと、どんなスパイスが入っているかなんて、わからないもののようだ」
「まあ、混ざってしまうと、スパイスの香りなんて、たどるのはほとんど不可能やな」
「少なくともミールスでは、使っているスパイスなんて、量も種類もたかが知れているし、インド料理に手を染めた人ならわかるかと思うが、スパイスなんて、料理における一要素にすぎない。入れすぎたり少なすぎたりしなければそれでよい、ある意味いちばん適当にやっても良い部分なのだと思う。ところが、食べたほうは、評するとき、まずスパイスについて言及する。この食い違いはなんだ」
「アーンドラやチェティナッドはどうする」
「そのあたりは面倒くさいから、別枠にしておく。すくなくとも、あっさりしたミールスには、スパイス感も、スパイス使いも、スパイスが立つのも、全部余計なことで、豆の煮かたやココナッツの風味、野菜の切り方や火の通し方、塩分調整の方が、よっぽど大事なことだ。それなのに、ブログやSNSなんかでは、まずスパイス云々と批評する。変だとは思わんか?」
「まあ言われてみればそうやな。料理教室でも、本場のスパイス使いを教えてくれるらしいな」
「そう。ここで言うスパイス、というのは、結局のところ、ここから抜け出せていないのではないかと思う」
「どこかで見たことのある缶やな」
「スパイス信仰とは、つまるところ、カレー粉信仰のことになる」
「スパイシー信仰とも言えるな」
「そう、このカレー粉やバーモンドによって作られた、カレー=スパイス、という強い刷り込みがあって、それがいまだに幅を利かせている違いない」
「お、言い切ったな」
「だから、いわゆる巷のカレー好きは、ミールスとの親和性が低い。いわゆるスパイスカレーと呼ばれる分野とミールスとは、隣接領域ではあるが、別物だ。地味なミールスには、カレー粉的なスパイシーさはほとんどない」
「スパイスカレーか。どういうものや。」
「絵を描いてみたが、スパイスカレーとは、だいたいこんなものだと思う」
「うまそうやな」
「きっとうまいだろう。スパイスが効いているだろうと思う。だから、土着のスパイス信仰との親和性が非常に高い。大阪で流行っているというのは、なんとも興味深い」
「札幌のスープカレーも似たようなものやろ。味が濃くてスパイシーや」
「まあ、乱暴に言ってしまうとそうなる。話は逸れるが、スープカレーと言えば、これは、ラーメン好きとの親和性も高いと睨んでいる」
「そうなのか」
「まあ、調査はしていないがな」
「適当なことを言うな」
「案外、適当でもない。温かくて、グレイビーがたっぷりで、動物性の旨みが強い。値段も、ラーメンより高いとはいえ、ディナーの時間に行っても1000円ちょっとで済むし、なにより、ラーメン屋のように、通し営業のところが多い」
「なるほどな。それで、スパイス信仰とスパイスカレーの話やな」
「そう、赤いカレーの缶やバーモンドから連綿と続く、スパイス信仰が、今現在、スパイスカレーやスープカレーという形で花開いており、だから、そういう人たちがミールスを食べても、必ず一言目にスパイスと言うのだろう」
「カレー好き、というのと、インド料理好き、というのは微妙に違うのかもな」
「おそらくは、違うのだと思う。重なってはいるが、微妙に違う。さらに言うと、同じスパイス信仰でも、ナンカレーが好きな人なら、そのまま、がちがちのムスリム料理を喜ぶ方向にシフトすることはありうるが、スープカレー好きが、スパイスカレーの方に流れたら、その先にはおそらく、インド料理でなく、メキシコ料理とか北アフリカの料理とか、アメリカ南部の料理がある。一度流れた水は、決してインド料理に戻ってこない。もちろん、ミールスには遡上してこない」
「そんなら、日本にインド料理は根付かんのか?そのスパイス信仰とやらが邪魔をして」
「いや、そうでもないと思う。わからんが、望みはあると思う。ひとつは、ムスリム料理の方向だろう。比較的スムーズに、スパイス信仰も取り込みながら、日本でメジャーになる可能性はある。がちがちにすると酒が出せないのが難点だが、まあ、アッラーにお伺いを立てよう。そして、ミールスについてだが、突破口は、スパイス好きでなく、エスニック料理好きだと考えている」
「エスニック料理好きと言うと、タイ料理とかベトナム料理のことか?」
「そう、彼らは、ひとり3000円以上を払うことに慣れているし、甘かったり酸っぱかったりするものにも、耐性がある。旨みが強くなくてもそれをおいしく感じる舌の持ち主の可能性もある。実際、札幌のミールス屋に足しげく通ってくれていたのは、カレー好きでなく、エスニック料理好きだった。彼らは、ちゃんと稼ぎもありそうだった」
「なるほどな。そうかもしれんな。野菜好き、いわゆるベジタリアン系はどうや?」
「ベジタリアン系か。たしかにミールスとの親和性は高いな。札幌駅の地下にミールス屋が出来ればこぞって通うかもしれないが、彼らは単なる食の好みでなく思想的なものがあるので、もっと思想を前面に打ち出した、マクロビやオーガニックの方に金を落としそうな気もする。それに、すくなくとも札幌では、まだ稼ぎの良い層とは重なっていないだろうな」
「そんなもんか。金は大事やな」
「まあ、結局、札幌の先を行く東京でもまだまだ先が見えないので、札幌でインド料理を楽しめる日はなかなか来ないような気もする」
「そんなこと言うな。期待して待とう」
「ということで、スパイス信仰とインド料理業界の今後についてでした」