雑記2019/05/06「フットサル再開」「大人の階段」

●フットサル再開

ちょっと前からフットサルをはじめた。足首は完治したと思う。ほぼ、4か月。まだちょっと柔軟性はもどっていないので、完全に元通りではないと思うけれど、まあ、大丈夫。一度こうやって怪我をすると、接触プレイを避けたくなるし、徒競走的なドリブルもディフェンスも嫌になる。そうか、だからサッカー選手は歳を取るとスプリントが減るのかな、とも思った。単純に体力の問題だけでなく。そして、そこに、二十歳の馬みたいに速い選手が出てきてぶっちぎられるのか。そういう流れなのか。

●確認

ちょっと前から、料理教室に申し込みがきたときに、一度電話を差し上げて、声を聴くことにしている。なんというか、参加者に、まともじゃない人がいると、ほかの方に迷惑がかかるので、その対策として。抑止にはなるかなと。

●連休明けの仕事

ああ明日から仕事だ、と考えるときのあの気持ちって、なんなのだろう。あれを一回味わうたびに、寿命が半年くらい縮んでいた気がする。いまは、そんなことはない。明日は何をしようかなーと思える。それだけでも、自営業の道を選んでよかったと思う。

●大人の階段

ちょっと前にtwitterで絡まれた。まあ、ちゃんと読んでくれている人には伝わっているだろうからよいのだけど、たぶん、影響はあったと思う。端的に言うと、商売にならない文章は書きたくないな、と思うようになった気がする。たとえば、僕は以前、渡辺玲さんの本を批判する文章を書いた。反感も買ったと思うけど、書きたいから書いた。いまなら、書かないかもしれない。面倒だから。これを老化と呼ぶのかもしれないけれど、お金にもならずに、変な人に絡まれるリスクを負うのは馬鹿らしいと、今なら思う。商売になるならないの線引きは難しいけれど。その引き金を引いた、僕にインドへのリスペクトを求めた彼。彼は、なにをしている人なのだろう。インド料理店のオーナーの親族かな、とも思う。友達かもしれない。本人ではないと思う。きっと、自分の大切なものが馬鹿にされた、と感じたのだろう。かわいそうにね。全然同情はしないけど。攻撃的な言葉をかけられるのはいやなもので、そういう意味では、やっぱり、抑止力になると思う。 そういう人が湧いてこないよう、余計なことは言わないでおこう、と考えるようになると思う。そして、僕の場合、もうすこし広い意味で、影響があった。本来、僕は、相手がどういう人であれ、きちんと対応をしたいと思っていた。無視は良くない。質問があれば答えるし、批判があればちゃんと考えるし、そういうのは、商売云々でなく、もっと優先されるべき何かだと思っていた。本当は彼とも、しっかり意見交換をしたいとも思っている。でもやらない。そんなに世界は綺麗にできていないことに、つい最近気が付いた。根底にあるのは諦念。 何度でも言うけれど、僕はインドリスペクト系の人間ではない。それがわからない人とはどうあっても付き合えないと思う。彼ほどひどくなくても、わけのわからない質問とか、それくらい自分で調べろよ、というような質問は、けっこう来ていて、これまでは、いちいち答えていたのだけど、なんというか、彼とまとめて、面倒になった。だから、お金をもらうこと以外は嫌、と思うようになった。大人の階段ですね。こうして、とがったことを言わなくなって、気が付けばニュースのコメンテーターになるのだと思う。紅白の審査員とか。欽ちゃんの仮装大賞の審査員でタイミングよく追加点を入れて、しょんぼりするこどもを喜ばせたり。やりたいか。それもいやだな。

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