スパイシーじゃないチャイ

お店として南インド屋をやっていたとき、チャイはとても人気がありました。チャイはおいしいですよね。

一杯300円で、忙しくないときならお替わりを注いだりして、サービス過剰かなあとも思ったけれど、まあいいかと、喜ばれるままに続けていました。店をやるうえで心の中にあったのは、いまは閉めてしまった「キッチン ねこや」という店と、こちらはまだ営業しているので名前は出さないけれど、ある定食屋さんのことで、この二つは、なんというか、原価いくらなん?と聞きたくなるような、もっとお金を払わせてください、と言いたくなるような、そんなお店です。どちらも北海道大学の近くにある店です。

まさか自分が飲食店をやるなんて思っていませんでしたが、せっかくやるなら、その二つのお店の人がもし食べに来ても恥ずかしくないような店にしたいと思いました。店員両名、そこはゆずれません。

だから、お替わりくらいなんのその、という気持ちでした。結局食べに来てもらうことはありませんでしたが、どうだったのかなあ、とは思います。たぶん、もし来たとしても定食屋さんの御主人は喜ばなかったでしょうね。別に喜んでもらえなくても良くて、僕の勝手な義理立てでした。

あ、チャイの話ですね。そう、チャイっておいしいのです。南インド屋のチャイは、インドの味か?と聞かれたら、たぶん違いますね、とへらへら答えるような味です。きっと、ジャパナイズされています。インド人も、うまいうまい、とよろこんで飲んでいましたが、たぶん日本人の味です。

たまに来ていた、日本語ペラペラの、ニックというインド人は、「おにいちゃんスパイス入ってないの飲みたい」と言います。大体は断りますが、暇なら作っていました。そう、ニックは、強面で、昭和の男なのです。わがままを言うのが好きなのです。

最初にそうリクエストしてきた時は、「兄ちゃん作れるものなら作ってみいや。飲んだるから。ほら、どうせ作れないだろう」という、こちらを脅すような、値踏みするような態度でした。

思い出したのは、ニックにはじめて会った、これまた大学の近くにあるスパイス屋さんでのこと。ニックが作ってくれたチャイを飲んだのです。へえ、スパイス入れないんだ、へえ、その分もうすこしあっさりめにしてバランスとるんだなあ、なんて考えていました。

これは試されてるなあ、と思ったので、その時の味を再現してやればいいだろう、と、ぶっつけ本番で作って出しました。それをニックは、おいしいとも言わず飲みました。次に来た時も、あれ作って!と言われたので、きっとおいしかったのでしょう。店員Aの魅力(見た目がインドのお母さん風味)も相まって、ニックは、いつの間にか、オラついた昭和の男じゃなくなっていました。すっかり店員Aに飼いならされたようでした。

もうひとり、店員Aを自分の母と重ねているインド人のマイク(仮名)と、ニックとの間で、こんな会話があったみたいです。

ニック「よし、ママの店に行くぞ」

マイク「え?ママって、どのママだよ」

ニック「ママって言ったら南インド屋のママだろ」

マイク「あ、そうだな、ママの店だな」

一応断っておくと、店員Aは日本人です。息子である僕も日本人です。

そういうチャイです。南インド屋のチャイもおいしのですが、生姜もスパイスも入れないで、すこし水を多めにして、なげやりな気持ちでつくったようなチャイも、おいしいのです。なげやり、というのが大切です。

鍋に水と牛乳と紅茶、それに砂糖を放り込んで、火にかけて放っておいて、噴きこぼさないように気を付けながら煮出せば、それでもうインドの味です。試してみてください。