雑記2020/08/03「学歴」「婚姻制度」

○学歴

この雑記は、まだ見ぬ運命の人に向けて書く自己紹介でもある。だから、今日考えたこと、今日感じたことを、できるだけ嘘を混ぜずに書く。ひとの性格や性質とは、外界からの刺激にどう反応するかの癖であるなら、今日起こったことと、それで僕がどう感じたのかを書いておけば、つみ重なって、そのまま自己紹介になるはず。

とは言うものの、普通の自己紹介、プロフィールも必要かと思ったのは、今日、餃子の王将で夕ご飯を食べた帰り道のこと(餃子の王将がまともな味のものを出すと知ったのは先々月のこと)。夜道ですれ違った女性が、高校の美人枠のひとに似ていた。似ているけど別人。たしかあの可愛かった人は、樽商、小樽商科大学に行ったんだったなあと思った。僕は札幌東高校だったから、樽商は、まあ、悪くはないけど良くはないくらい。軽く勉強しておけば入れるよね、くらいの扱いだったと思う。僕は北海道大学の経済学部を出ている。樽商はちょっと勉強すれば入れて、北大はまともに勉強していれば入れる、という印象。

北大は北海道においてはブランドだけど、全国的にみるとそうでもないし、さらに言うと同じ北大の中でも能力にかなりのばらつきがあるのは、まあ言うまでもないことだと思う。入学して少し経つと、入学試験の順位を知ることができる。自分が何番目で入ったのか、教務の窓口にずらっと並んで待って、小さい紙をもらって知るらしい。らしい、というのは、僕がもらっていないからで、もし並んで待って紙をもらえば、きっと下位4分の1くらいだったろうと思う。僕は、学力で言うとそれくらい。北大と言うと聞こえがいいけど、まあ、それくらい。

いったん自分を下げておいて内情を言うと、たしか9月以降はあんまり勉強を頑張らなかった記憶がある。大体同級生は、夏休みが終わったころからスパートをかけていたけど、僕は8月か9月の段階で、「あ、これはいける」と確信して、アクセルを踏むのをやめた。アクセルを踏むのをやめて、バスケットボールの練習をしていた。講習も出ない。模試もいくつか出なかったのがあるはず。北大は、普通の問題を普通にやれば合格するので、そのまま慣性でもって放物線を描き、予定通り最低合格ラインをちょっと上回るくらいで合格したはず。そういうかんじ。

そしてたいした理由もなく2年間休学して学歴を台無しにし、1年ちょっと働いて、カレー屋をやってスパイス屋をやって今に至る。学歴を活用したかと言うと、最初の会社に忍び込むのに少しは役立ったのかもしれない。採用を決めたあの常務は、たぶん学歴に対する憧れがあったから、僕みたいな明らかな変わり者を入社させてしまったのだと思う。有難う学歴、役に立ったよ。僕の人生において今後学歴が役に立つことはありそうもないけれど、こうやってブログに北大出てますと書いておけば、最低限の知性があることが示されて、僕の運命の人が安心するかもしれない。安心してください。一応日本語は通じます。

○婚姻制度

「結婚してみたい」ならわかる。そうだよね、興味あるよね。「子供を持ってみたい」もわかる。どんなもんだか試したいよね。わかるよ。でも、結婚したい、子供が欲しい、と言われると、困ってしまう。今まで誰からも言われたことは無いし、たぶんしばらくは言われないと思うけど、言われる前から困っている。キャー白馬の王子様に結婚申し込まれたらどうしよう、と同類かもしれない。とにかく、世間とのずれに、僕は困惑している。中長期的なパートナーが欲しい気持ちは強くあるのだけど。

前提として、自分を信用していない。3年後の僕は、食い詰めて兄弟に金をせびって塩をまかれているかもしれないし、鬱病になっているかもしれない。突然宗教に目覚めているかもしれない。そうなったときに、婚姻制度は、縛りが強すぎると思う。いいの? まじで? ほんとにいいの? とききたくなる。同じ理由から、相手のことも信用していない。3年後にどうなっているかは、ほんとにわからない。そんなときに解散しにくい婚姻制度はどうなんでしょう。

シンプルに不倫のことを考えてみても、世にこれくらい不倫がありふれているのだから、そういうことは、起こりうるのだと予想はできる。人間はけっこう馬鹿だから、浮気をする可能性は結構あるのだろうね、と思う。自分も相手も例外なく、可能性はあるのだろうと。そんな時、簡単に法的なもめごとになるのが、婚姻制度。怖くない?僕は怖いよ。絶対に僕は浮気をしない、とは言えないし、相手も同じことだろうし、わざわざリスクだけ上げてどうするの?と思ってしまう。

わからないことは、まだまだある。いまの自分にとって素晴らしい相手でも、10年後の自分にとって同じように素晴らしく思えるかは、わからない。僕の結婚相手が、5年後に歌手デビューしてヒットを飛ばし、歌謡界で輝いていたら、多分、僕とは合わなくなると思う。逆に、僕が歌手になるかもしれないしダンサーになるかもしれない。さっき書いたのは、経年による人格の変化だけど、そこまでいかなくとも、社会的な役割が変われば、人間は変わりうると思う。いかにも学生のまま大人になった、きれいな目をした助教授が、教授になった途端に貫禄が出て普通のおじさんになることもある。それを奥さんはどう思うのだろう。結婚したのだからと言って我慢するのかな。僕にはわからない。

こういう調子で、婚姻制度のわからないところを挙げ続けることもできるけど、誰も喜ばないだろうからいい加減にやめる。いや、わかるよ、本当は僕にもわかっているんだよ。結婚して、一緒に暮らして、一緒に幸せになりたい、そういう気持ちはすごくよくわかる。僕も幸せになりたい。誰だって幸せになりたい。アイニード幸せ。それでも、理性が大声で叫んでいる。結婚は、幸せを保証してはくれない。残念ながら、保証はしてくれない。

じゃあお前はどうしたいんだ、と話は現実的なところへ向かう。恋人募集中と書いているけど、どうしたいんだと。

最初にも書いたけど、パートナーが欲しい。もし可能であれば、長期的な付き合いをしたいと思う。将来が不確定なのは当たり前だから、せめてこの人だけは近くにいて欲しい、と思う人と付き合いたい。そう考えていることを、婚姻届を使わずに相手に伝えたい。

そう思う反面、ある人の言葉が脳裏によぎる。「いいんだ壮二郎、たくさん付き合ってみろ、次の彼女ができるまでのつなぎだ」。あんまりな言い方だけど、非常に現実的で、理にかなった戦略だと思う。商売を始めるときに最初から完璧な仕組みを作ろうとしたら一歩も踏み出せなくなるのと一緒で、最初から生涯の伴侶を見つけようと思うのは、ハードルが高すぎて、誰とも付き合えなくなりそうではある。だから、まずは付き合ってみる。そして試行錯誤する。だめなら次に移る。そのうち生涯の伴侶と出会うかもしれないし、出会わないかもしれない。結局、運やタイミングが大事なのは、商売と一緒なのかもしれない。そう考えると、しっくりくる。

結婚についてで疲れてしまったので、子供についてはまた改めて書くかも、書かないかも。