雑記2020/08/11「役に立つ祈り」「ブルーベリーみつ豆終わりました」

○役に立つ祈り

テッド・チャンという作家のSF短編集『あなたの人生の物語』の中に、「地獄とは神の不在なり」という一編があって、天使が降臨すると自然災害のように被害をもたらす世界の話。天使が降臨すると、地割れが起きたり落雷があったりして、人が死んだり天国の光を見たり見なかったりする。主人公の奥さんが天使の降臨で死んでしまう。そういう話。

読んでいて、思いついたことがある。そうか祈りは実用的なんだ、と。たぶん今まで五千万回くらい誰かが書いたり喋ったりしていて、僕がそこにもう一回を上乗せする。まあまあ、聞いてください。

僕が思いついたのは、悲しい出来事にも理由があり、すべてが神の思し召しであると信じるのは、ストレス軽減に役立つのだということ。僕も、恋人と別れてやっぱりある程度はショックを受けていたから、ふとした瞬間に遠い目になったり、さびしくなったりすることがある。あれ?まじで物理的に胸のあたり凹んでない?という気持ち。誰でもあるよね、そういうこと。

そうか、そこで神様なのか!と僕は思った。よし、想像してみよう、僕はいま折伏されている。僕は信じる。その人の言うことを丸ごと信じる。「良いですか……あなたの悲しみにも喜びにも、すべて意味があるのです。今あなたは……悲しみの霧に包まれ右も左もわからず途方に暮れています。あなたの目に道は見えません。けれど、神は見ています。すべては天国へと続く道なのです。すべて神の思し召しなのです」。ただ信じる。そうだこの悲しみは神が与えたものなのか、そうかそうなのか、そうだったのか。

するとどうでしょう。なんというか、ちょっと、心が楽になった。本当に。心が軽くなるような感覚がたしかにあった。祈りは役立つんだね、実際に。エアセルフ折伏でも効くみたい。

自分の心の動きを分析してみると、多分これは、自分の悲しみや心の痛みが、大きな物語に回収されることで、安心したのだと思う。つまり、「エリーヌ!!なぜ君は去って行ってしまうんだ!!」「この胸にナイフを突き立ててしまえば痛みは消えるのか!」「ああなんて不条理なるこの世の中!!!」というような嘆きに対して、「すべて神の思し召しです」でオチをつけている。安心の神様オチ。これって、ハンカチの上をひとりでに転がるコインを見てあら不思議ともやもやしているのが、種明かしをされたらすっきりするのと似ている。多分人間は、少なくとも僕は、理由を欲している。因果関係を欲している。物語を欲している。不条理な悲しい出来事なんて認めたくない。

それで、心が楽になった僕はある日、愛娘を交通事故で失う。轢いた人間は薬物を使用していて罪に問えない。さあ、僕はどうする。これも神の思し召しなのか、という話になる。それで納得できるならいいけど、たぶんできない。

ここで僕は、自分の最初の悲しみに立ち戻る。あれ?もしかしてあの祈りは、ただ悲しみから目を背けるテクニックだったのではないか、と。目的論的な世界なら、悲しい出来事には意味があるかもしれないけど、たぶん実際は、そんなことはない。最初の話に戻るなら、僕が恋人と別れたことに、大いなる意味は無い。ただ、別れただけ。世界は僕を見てはいない。そこに勝手に、意味とか物語をくっつけて悲しみから目を背けるのは、テクニックとしては役に立つけど、そのうち破綻するだろうね、ということ。破綻しないで死ねるなら、それはそれで良いけれど、果たして。

というようなことを考えた。陳腐だけど、ちゃんと実感するのは大事。『あなたの人生の物語』は面白い本だった。初めてSF短編集を読み切ったかもしれない。すごくお勧め、とまでは言わないけど、ちゃんと面白い。

○ブルーベリーみつ豆終わりました

六花亭の季節限定商品、ブルーベリーみつ豆。今年も食べた。週7で食べた気がする。満足だ。来年もきっとたくさん食べよう。それまでたくさんお金を稼いで、心置きなく買い込むんだ。